第26話 一緒にいる為に

しばらくの沈黙が続いた後、樹は口を開いた。

「僕がレイの・・・レイ様の側にいてもいいのでしょうか?僕はレイ様の事は好きだけど、正直、レイ様が言うような番としての気持ちかは分かりません。僕は愛と言う物自体がわからないのです。おばあちゃんからもらった愛はわかります。

おばあちゃんは僕を救い、僕に全身全霊で愛情を注いでくれました。

だけど、それ以外の愛情はわかりません。ただ好きという気持ちと、番としての愛が違うのはわかってます。でも、それがどう言うものなのかは知りません。僕はそれとは無縁だったので・・・。

それに、僕はこの世界では身分を持ちません。学もありません。元の世界でも学もお金もない・・・おばあちゃんを失った今では家族もない低レベルの人間です。

そんな僕がレイ様の側にいることで、レイ様や王様達が困る事になるのは嫌です。

僕は優しくしてくれるレイ様も王様達も大好きです。だから、僕のせいで悲しむのは嫌なんです」

「樹・・・」

言葉が終盤に行くにつれて項垂れる樹を、レイが優しく手を撫で励ます。

カルド達は2人を見つめながら、笑みを溢す。

「樹殿は可愛いな」

ふいにカルドが漏らした言葉に、レイが振り向き睨むとカルドは声を出して笑う。

「大事な弟の大事な人に手を出すつもりはない」

そう言って、目の前に出された紅茶を一口飲むと、ゆっくりカップを置き樹を見る。

「樹殿、私達はそんな事は気にしない。確かに身分の事は多少騒がしくはなるが、大した問題ではない。学も必要であれば、これから学べばいい。学ぶ事に遅い事はないからな。それに、私達王族は確固たる地位と権力、そして絆がある。多少の事で傷など付かぬ。

樹殿、獣人にとっては番という存在は生涯を賭けるに値する存在だ。片方が死ねば、片方は心身共に病み、長くは生きられない。それだけ魂を分かち合う尊い存在だ。それを心に留めて、レイの事を真剣に考えて欲しい」

王ではなく、兄としての願いだと言葉を付け足すカルドの目は優しさに満ちていた。樹はわかりましたと小さく答え、レイの手を握り返した。

「それで、答えはまた聞くとして、先に人間達の訪問を国全体に知らせ、その後にもし、樹殿が受け入れるのであれば、レイの番としてそれも国全体に発表する。そして、案件が成立するまで中間街へ移り住んでもらう」

「それは・・・」

カルドの話に心配そうに樹が声を漏らす。

「樹殿の心配はわかっている。レイが1人になる事を懸念しているのであろう?だが、それは問題ない。しばらくはこの国へは入れないが、この案件が成立すれば、いつでも帰って来られる。その為にも移り住んでレイは警備を立て直し、樹殿は人間と獣人との間を取り持って欲しいのだ」

「・・・僕にできるでしょうか?」

「樹殿1人がやるわけではない。レイと2人でやるのだ。レイが樹殿を守り、樹殿がレイを支える。そうやって支え合う姿を周りに見せてやればいい。獣人と人間はこんなにも支え合えるという姿を。やってくれるか?」

「・・・・レイは?」

「私はできる。樹が側にいてくれるのなら、これほど嬉しい事はないからな」

レイの樹に向ける優しい微笑みを見て、またマルクとルドルフがウゲェと声を漏らすが、レイは気に止める事なく樹だけを一身に見つめ続ける。

「樹殿、色々と急な申し出をした事は悪かったと思っている。結果的に我々の政策に協力して欲しいと無理強いしている事も。だが、弟の願いと国の願いを叶えるにはこれが一番の解決策だ。だから、今日はこのままレイの家に戻り、2人で話し合い、考えた上での返事をして欲しい。我々はその答えを尊重する。もちろんレイもだ」

真剣な顔で見つめるカルド、その隣に座るルドルフやマルクまで樹に視線を送る。

目の前には優しく微笑むレイがいる。

樹は力強く頷き、ちゃんと考えて答えを出しますと答えた。

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