第24話 想い

「樹様、起きてください」

テオに体を揺さぶられて、まどろんだ表情の樹は言葉になっていない返事を繰り返す。

「樹様、眠いのはわかりますが、起きてください。レイ様がいらっしゃってます」

「レイがっ!?」

レオの名を聞き、樹は勢いよくベットから飛び起きる。テオから眼鏡を受け取り、ドアへと駆け出す。

樹の足音が聞こえたのか、ドアが開かれレオの姿が見えると、樹はそのまま駆け寄りレイに抱きつく。

「レイ!久しぶり!」

「あぁ。元気だったか?」

「うん。王様もテオもよくしてくれたから元気だったよ。でも、まだ3日しか経ってないのにレイがいないのは寂しかった」

樹は嬉しそうにそう呟く。レイは樹の頭を撫でながら、少し散歩しようと樹の手を引く。

テオは慌ててランプを手に取り、樹に持たせてやる。

樹はありがとうと微笑むと、レイに手を引かれ歩き出した。


王宮は夜でもあちこちに街灯があり、手元のランプを照らし、レイに手を引かれれば、樹でも普通に歩く事ができた。

レイは庭園に入り、中央のガゼボに辿り着くと樹を座らせ、自分も腰を下ろす。

「夜更けにすまない。本当は昼間の庭園も見せたいのだが、樹がこの王宮内を歩き回るのはあまり良くないのでな」

申し訳なさそうに謝るレイに、樹は首を振り大丈夫と答えた。

「王様にも言われた。耳とか、匂い袋を持っていても、王宮の護衛達は選りすぐりな人達だからすぐに見分け付くんだって。だから、なるべく部屋に居て欲しいと言われてる」

「そうだな。身を守る為にも、国の規律を守る為にも得策だ。樹には少し不自由な思いをさせてしまっているが・・・」

「そんな事ない。レイが沢山本を持たせてくれてたから、テオに習って読んでる。だから、全然退屈じゃなかったよ。それに、レイ、あのガラス玉ありがとう。凄く、凄く嬉しかった。僕、お母さんに何もかも取られたから、おばあちゃんの写真一枚も持ってなかったの。だから、本当に嬉しかった」

満面の笑みでレイを見つめる。

レイはパタパタと動きそうな尻尾を捕まえ、しばらく固まっていた。

そんなレイを心配そうに樹は覗き混んで見上げた。

「んんっ・・・その、樹に話があって来たんだ」

レイは気まずそうに咳払いをして口を開くと、樹は不安そうな表情を浮かべる。

「・・・引越しの話?」

「それもあるが、すまない。樹に黙っていた事があるんだ」

「・・・何?」

「実は・・・元の世界に帰る方法があるんだ」

「え・・・?」

「あの日、私も突然戻ったと思っていたが、王宮の魔導士や他の管理職の者達が調べて私をここに戻したんだ。兄もその時にいた。ずっと話すべきだと思っていたが、美代子殿の話も聞いた後だからか、なかなか言えずにいた・・・・本当にすまない」

「・・・ううん。僕が悪いんだ。僕があんな弱音を吐いたから・・・おばあちゃんのところに行くなんて言ったから、レイは心配して言えなかったんでしょ?ごめん・・・レイを悩ませてごめんなさい」

レイは項垂れる樹の手を取り、優しく頬に触れる。触れた手の指先で樹の頬を撫でると、じっと樹を見つめた。

「違うんだ。心配もあったが、私の勝手な気持ちから言えなかったんだ。私は樹と美代子殿を守ると言ったのに突然帰ってしまった。その事が本当に悔しくて、樹にまた会えて今度こそ約束を果たしたいと思った。そうする事で自分が報われるなんて勝手な私の傲慢さがそうさせたんだ。それに・・・樹に帰って欲しくなかった」

「レイ・・・」

「樹、もう私は自分の気持ちを勝手に押し付けない。もちろん突然帰る可能性もないわけではない。だが、帰る方法がある以上、残るかどうかは樹が決めて欲しい」

優しくそう言葉をかけるレイの表情はまだ不安を隠せないでいた。

樹はレイの顔を見つめながら問いかける。

「レイは僕にいて欲しいの?」

「あぁ。できれば私の側にいて欲しい」

「でも、僕がここに残れば、レイはこの国を出て行かないといけないんでしょ?」

樹の目が次第に潤ってくる。レイは目に溜まった涙を指で拭う。

「その事はまた色々考えるつもりだ。もし、この国を出る事なくここで樹と暮らせる様になったら、ここに残ってくれるか?」

「・・・・・」

「すまない。また押し付けてしまった」

「ううん。僕も本当はレイといたい。でも・・・」

「あぁ。わかっている」

レイは樹の手を引き、そっと抱きしめる。そして樹の髪に顔を埋めた。

樹も手を伸ばし、レイの背中に手を回す。


「樹・・・会いたかった」

「うん・・・僕も」

「樹・・・もう一つ困らせる事を言ってもいいか?」

「何?」

「その・・・私も自覚したばかりなんだが・・・樹、私は樹が好きだ。樹を愛している」

「ん?僕も大好きだし、愛してるよ?」

「いや、そうではなく・・・」

レイは樹の体を引き離し、樹の頬を両手で包み自分の方へと顔を向ける。

「樹と番になりたいのだ」

「つがい・・・?」

「その・・・夫婦になりたいのだ」

レイは自分の顔が次第に熱くなるのを感じるが、それでも樹から目を離さず見つめ続ける。

「夫婦・・・・結婚て事?僕、男だよ?」

「わかっている。獣人は男女関係なく番を持つ。人間の世界では禁じられているから、稀に中間街に人間の同性同士の夫婦が移り住むと聞いている。樹の世界でもそうなのか?」

「僕の世界・・・僕の国では同性婚はできないけど、恋愛は自由だよ。でも・・・」

「わかっている。これも私の勝手な気持ちで押し付けたいわけではない。樹は私を友達として、家族として好いてくれているのはわかっている。急にこんな事を言われて戸惑うのも・・・だが、私が樹の側にいたいのも、帰って欲しくないのも全て樹を心から愛しているからだ。それだけは知ってて欲しい」

「う、うん。わかった・・・」

「ありがとう。さぁ、今日はもう寝よう。明日、正式に申し出て迎えに来る。それまで待っててくれるか?」

「わかった・・・」

樹の返事に安堵したのか、頬を包んでいた手を離す・・・が、尻尾を大きくパタンパタンと揺らし始めた。

それを見た樹がどうしたのかと尋ねると、レイはまた顔を赤らめる。

「誰かに想いを伝えるのは初めてなのだ。樹がちゃんと聞いてくれた事が嬉しい」

照れながらそう言うレイが可愛くて、ついふふッと笑う。

「僕もおばあちゃん以外から愛してるなんて言われるのは初めてだよ」

そう言って声を出して笑い出す。

レイはその笑顔を見ながら樹の頭を撫でる。

「樹・・・その、キスしても良いか?」

突然の申し出に樹は笑うのをやめ、目を大きく開く。

「あ、いや、頬とか額とかでいいんだが・・・」

戸惑うレイに、樹は笑みを溢し、顔を上に向けるとそっと目を閉じた。レイはそれを見て、小さく唸り声を上げる。

「違ってたらすまない」

早口でそう言い切ると、樹の唇に自分の唇をそっと重ね合わす。

それでもじっとしている樹の姿が嬉しくて、また両手で樹の頬を包み、何度も何度も啄むようなキスをした。

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