第9話 別れの時

それから二ヶ月が経った。施設はすぐに見つかったが、入居に時間がかかり、今日まで日にちがかかってしまっていた。

あれから、一度だけ外に出た事があったが、幸いにも夕方だったのですぐに見つかった。時折癇癪を起こしたり、食事もままならなかったりと進行の速さを物語っていたが、樹は一緒に住める僅かな時間を惜しむように懸命に世話をしていた。

田中が約束してくれた通り、電車で一時間という近場に施設は見つかったが、今日は荷物がある為、田中が車を出してくれていた。

樹と美代子、そしてレイを乗せ車は走り出す。車内ではお出かけに喜ぶ美代子とは反対に。悲しそうな表情を浮かべ、美代子の手を握りしめる樹がいた。

レイは美代子の側に寄り添い、顔を美代子の膝に乗せ、美代子に甘えながらも目は樹から離せずにいた。

一時間半と言う時間がとても長く感じられたが、着いてしまえば、もう着いたのかと短く思い始める。

レイは入れないので、車で美代子に別れを告げ、大人しく車から外を眺める。

樹達は美代子を部屋まで送り、担当のヘルパーに深々と頭を下げた。

その間も何が起こっているのかわからない美代子は、ずっとはしゃぎ続けた。

そして別れの時間になり、樹は美代子の手をぎゅっと握る。

「おばあちゃん、またすぐに会いに来るからね。元気でいるんだよ」

「あなた、どこに行くの?」

「少しだけ出かけてくるね。だから、いい子で待っててね」

目頭が熱くなり視界がぼやけるが、樹は泣くまいと必死に笑顔を作る。

美代子も笑顔を返し、待ってるわと答える。

美代子に背を向け、車に乗り込んだ樹は堰を切ったように声を出して泣き始めた。


その夜、静かになった家の中を樹はぼんやりと見つめていた。

「樹殿・・・・」

レイは樹の側に腰を下ろす。

「樹殿、今日はよく頑張ったな。美代子殿を不安にさせず、笑顔で見送った。偉かった」

そう言って、樹の膝に前足を置く。樹は悲しそうに微笑み、小さく頷く。

「さぁ、今日はもう寝よう」

レイは樹にそう促すと、樹はそうだねと呟き立ち上がろうとした瞬間、レイのネックレスが光る。

そしてどこからともなく声が聞こえた。

「レイ・ローランド。帰る準備が整った」

その声に樹が青ざめる。レイも慌てて声を上げる。

「まだ帰るつもりはない!」

「そうはいかない。そこの世界には居てはならぬ。こちらに戻るのだ」

「せめて猶予をくれ」

レイの声が聞こえないのか、それとも敢えて答えないのか、レイの周りが光り始める。

「レイ・・・レイ・・・行っちゃうの?」

樹は顔を歪め、レイを見つめる。レイは首を振り、更に声を荒げる。

「やめろ!私は今は帰れない!樹殿を守らねばならないのだ」

その声も虚しくレイの体はキラキラと揺らぎ始めた。

「レイ・・・レイ、行っちゃやだ。僕、本当に1人になっちゃう・・・」

樹の震える声にレイは手を伸ばす。樹も手を伸ばし、その手を握る。

「私も離れたくない。樹殿の側にいたい」

「レイ・・・レイ・・・」

体が透けていくレイに必死に呼びかける。レイも答えるように呼びかける。

「樹殿・・・樹・・・樹・・・」

互いに名前を呼び合うが、無情にもレイの体は消え始め、樹の手をするりと抜け、その姿は完全に消えた。

取り残された樹は、何度もレイの名を呼びながら泣き続けた。

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