第8話 1人にしないで
「樹くん!どうしたの!?」
後ろから声を掛けられるが、樹は振り向きもせずに歩く。
そして、また躓き倒れると彼女が走り寄る。
「樹くん、どうしたの?無茶よ、何も見えないんでしょ?」
「でも、おばあちゃんが・・・おばあちゃんが・・・」
震える声でそう言うと、彼女はすぐに察して樹に家で待つように伝える。
「大丈夫、私が探してきてあげるから」
彼女の言葉に何度も頷く。
「樹くん!」
暗闇の中から田中の声が聞こえる。それから隣にレイらしき温もりが感じられた。
「見つけたよ。そんなに遠くに行ってなかった。それに、レイくんが見つけて呼んでくれたんだ」
田中の言葉に樹は涙を流す。そして暗闇の中、手を伸ばし美代子を呼ぶ。
田中は樹の側に美代子を連れてくると、樹は美代子の腰にしがみ付く。
「おばあちゃん!」
「樹・・・ごめんね、樹」
「おばあちゃん、僕がわかるの?」
「ごめんね、こんなおばあちゃんで。こんなおばあちゃん、いない方がいいでしょ?」
涙声で樹の手を握る。樹は首を振りながら離れまいとしがみ付いた手に力を入れる。
「おばあちゃん、僕、今までワガママ言った事無いよね?お願いだよ。辛くても僕の為に生きて。僕のそばにいて」
「樹・・・・」
「どうしても、どうしても辛いなら、その時は僕も連れてって!おばあちゃん、1人で行かないで・・・僕を1人にしないで・・・」
ボロボロと大粒の涙を流しながら樹は懇願する。美代子も涙を流しながら、樹の頭を抱きしめる。
「ごめんね。ごめんね、樹。おばあちゃん、頑張るから。樹を置いてったりしなからね」
その言葉に約束だよと樹は呟き、互いに抱きしめ合い、泣き続けた。
家に戻り、美代子を寝かしつけた後、玄関の鍵を閉め、居間に集まる。
汚れた足を洗ってくるように促され、樹は風呂場へ洗いに行く。
レイもその後ろを寄り添うように歩く。
居間に戻った樹は、また田中に手当てされ始めた。隣には隣人の女性もいた。
沈黙が続いた空気の中、先に口を開いたのは手当中の田中だった。
「樹くん、わかっただろ?これからこんな事は頻繁に起こるはずだ。今日はたまたま隣家の彼女が自宅にいた。もし、彼女や彼女の家族がいなかった日に起こったら?レイが見つけても大人の手がないと連れ戻せない」
「・・・・・」
「それに、さっきのおばあちゃんを見て気付いたんだ。もしかしたら、おばあちゃんは時々樹くんの事を思い出してて、樹くんの世話になっている事を負担に思っていたのかも知れない。それがストレスになって進行を早めた可能性がある。今、2人は少し距離を置いたほうがいいのかも知れないんだ。何も会えなくなるってわけじゃ無い。なるべく頻繁に会える距離の所を私が探してあげるから・・」
俯いたままじっと聞いてる樹に、レイはまた前足を樹の手に重ねると、樹はその足を握り、ボソボソと話始めた。
「僕は、おばあちゃんに言葉を教えてもらいました。暖かいご飯も、温かい寝床もおばあちゃんから貰いました。それから、外の世界がこんなにも明るい事も・・・明るい事を知って、暗闇が怖くなった時は寝ずにずっと側に寄り添ってくれました。僕はおばあちゃんに沢山の愛情をもらったんです。なのに、僕は・・・」
レイの足を握った手に力が入る。そして、目からまた大粒の涙を流す。
「僕は・・・僕はおばあちゃんを捨てる事になりますか?」
「樹くん・・・」
樹の言葉に隣人の彼女は言葉を詰まらせ、涙を流す。
田中は優しく樹の頭を撫でながら、声をかける。
「それは違うよ。おばあちゃんを捨てるんじゃない。おばあちゃんを助ける為にするんだ。そして、樹くんを助ける為にもなる。2人でまた笑顔で生きていけるように、そういった場所を利用するんだ」
田中の優しい声に樹は声を漏らす。そして、決して美代子に聞かれまいと、床に顔を伏せ、口に手を当て咽び泣く。レイはその隣で樹の涙を拭うように頬を舐める。
静まり返った部屋には、微かに聞こえる啜り泣きだけが響いた。
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