第6話 見覚えのある場所
一ヶ月が経とうとした頃、樹がやっと合わせる事ができたと、美代子がデイケアの日に休みを取っていた。
朝、いつもの様に美代子を送り出すと、キッチンでおにぎりを握り、弁当箱に詰める。それからいつものように、レイに服を着させる。
準備が終わると、弁当箱と水筒をリュックに入れ、背に回す。
外に出ると少し強い日差しが照りつける。もうすぐ夏が訪れようとしていた。
「あら、樹くんとレイちゃん。2人でお出かけなの?」
隣人の女性が声をかけてくる。樹はこんにちはと笑顔で挨拶をすると、レイも真似てペコリと頭を下げる仕草をした。
「本当にレイちゃんはお利口さんね」
「はい。おばあちゃんとも仲良くしてくれてるので、凄く助かってます」
「そうね、この前は私も助かっちゃった。これからどこに行くの?」
「なかなかゆっくり散歩に連れて行けなから、今日はおばあちゃんもデイケアだし、たまには少し遠出で散歩に行こうかと・・・」
樹の言葉にレイは一鳴きし、尻尾を揺らす。
それを見た彼女は嬉しそうねと微笑み、気をつけてねと手を振り別れた。
彼女が自宅へ戻ったのを見て、樹は行こうとレイに声をかけ歩き出す。
「ここが君を拾った場所だよ。何か思い出せる?」
レイを見つけたゴミ捨て場で足を止め、レイに問うとレイは一瞬首を振るが、地面に鼻を近づけクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
それから顔を上げ目を閉じ、何かの匂いを嗅ぎ始める。
「何か思い出せそうなの?」
「樹殿、少しリードして歩いても良いか?」
「うん、大丈夫だよ。レイが思うように歩いてみて」
樹の返事に頷きレイは歩き始めた。ほんのり漂う自分の匂いと、懐かしい匂いが混ざった香りがする。
その匂いを辿り、しばらく歩いていくと住宅街なのに横にそれた脇道に開けた場所があり、そこには大きな木が立っていた。
「ここは・・・」
その木を見た樹が言葉を漏らす。それから懐かしむ様にその木を撫でた。
「樹殿、この木を知っているのか?」
「うん・・・僕が小さい時、迷子になった事があるんだ。だんだん日が暮れてきて、僕は周りが見えなくなってきたから怖くなって、この木の根元で座って泣いてたんだ。でも、その後おばあちゃんが見つけてくれて、2人で大泣きしたんだよね」
目を細めながら樹は懐かしそうに話すと、レイに顔を向ける。
「この木はね、すごく古い木でこの街を見守っているんだって、おばあちゃんから聞いた事がある。レイ、この木に見覚えがあるの?」
「はっきりとはわからないんだが、この木から懐かしい香りがするんだ。それから、ほんのりだが私の匂いも・・・」
木を見上げるレイに樹がそっと寄り添う。
「じゃあ、きっとここなんだよ。何かのきっかけでこの場所に現れた。この木は神木に近い良い気が出てるって言ってたから、不思議な事が起こっても、あり得る事かも知れない」
そう言いながらレイの頭を撫でる。それから、ここで少し休もうかと言うと、小さなビニールシートを取り出し、木の根元に敷き腰を下ろす。
樹はリュックから水筒を取り出し、2人分のカップに水を注ぐ。
一口飲み終えると、今度は弁当に詰めたおにぎりを取り出し、レイの前に置く。
「今日は2個作ってきたよ。この前、レイ、一個じゃ足りなかったでしょ?ごめんね。僕は体が小さいからか手も小さいから、どうしてもおにぎりが小さくなるんだ」
「いや、構わない。作ってくれるだけでも感謝している。それに美代子殿には小さい方が良いのだろう?」
「うん、喉に詰まらせると大変だからね。今日は鮭とレイの好きなそぼろだよ」
「うむ、あれは美味だ」
レイは嬉しそうに尻尾を振ると、差し出されたおにぎりを頬張った。
レイの美味しそうに頬張る姿を見ながら、樹はポツリと呟く。
「レイはきっと元の世界では逞しくてかっこいい大人の人なんだろうな」
「・・・・急にどうした?」
「僕は16なのに、全然背も伸びないし、筋肉も付かない。これからおばあちゃんの病気も悪くなっていくのに、こんなんでおばあちゃんを守れるかなって・・」
「・・・私は訓練もしているし、何より獣人だ。人間と比べれば、体付きも体力もすべてが異なる。だが、樹殿、本当の強さは体つきではない。どんな苦境でも前を向ける事が本当の強さだ。時には泣いてもいい。それでも明日を見ようと思う気持ちが大事なのだ。そして大切な者を守りたいと願う気持ちが心を強くしてくれる。樹殿は充分に強い。辛い過去も乗り越えて、美代子殿と笑って過ごしているではないか。それに、美代子殿を心から慈しんでいる事は誰が見てもわかる」
「そうかな?」
「そうだ。私は王と国に忠誠を誓っているが、民と部下も守っていかなければならない。特に団長として部下の命は守りたい。家族と同じように大切だからな。それと今は・・・ここにいる間は、樹殿と美代子殿も守りたいと思っている。まぁ、この体ではできる事が少ないが・・・」
苦笑いの様な表情を浮かべるレイに、樹は慌てて声をかける。
「そんな事ない!僕はレイと出会えて本当に良かったと思ってる。レイがいる事でおばあちゃんも笑顔が増えたし、僕は凄く支えてもらってる。レイ、本当にありがとう」
樹はレイに優しく微笑み、頬を撫でる。レイは樹を見つめがら樹の手に頬を擦り寄せた。
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