第4話 レイとおばあちゃん

ここに来て一週間が経った。

最初は警戒していたが、樹殿は本当に心優しい人だとわかる。

そして、美代子殿を心から愛し、慈しんでいる。

その姿に不安の塊だった心が緩んでいく。

ここに来てから、元の世界に戻れない焦りと、この獅子の姿のままでの不自由さが腹ただしかった。

まだ言葉が通じるから良かったもの、この姿では子供とは言え、樹殿の言う通り周りに怖がられただろう。

喋る獅子も怖いだろうが・・・樹殿が受け入れてくれて本当に良かった。


がうぅぅ・・・・

美代子の服の袖を噛みながら唸る。その声を聞いて女性が駆けつける。

「まぁ!おばあちゃん、これは食べれないのよ」

そう言って美代子殿の口元からティッシュの塊を取り上げる。

丁寧に口から残りのティッシュを取り出しながら、彼女は私にお礼を言う。

彼女は隣人だ。ここは長屋のような街並みになっていて、昔からこうやって隣人同士助け合いながら生活をしているらしい。

今日は樹殿は仕事だが、美代子殿の世話をするヘルパーとやらが遅れると連絡があり、隣人に来るまでの世話を頼んでいた。

樹殿の『レイは海外種の猫で、前の飼い主が飼えなくなったから引き取った』という言葉をすんなり信じてくれたおかげか、隣人もヘルパーもそういう生き物だと受け入れていた。


「樹ちゃん、こっちにおいで」

美代子殿が手招きする。その言葉に従い、美代子殿の側に寄ると頭を撫でてくれた。

「レイちゃん、すっかり樹くんと勘違いされてるわね」

そう言って彼女は笑うが、美代子殿の優しく微笑む姿を見て目を細める。

「レイちゃんが来てから、おばあちゃんも樹くんも明るくなったわね」

そう話す彼女に顔を向ける。

「元々仲良かったんだけどね、時折、樹くん寂しそうにしてたから。仕方無いわよね。おばあちゃん、樹くんの事わからなんだもの」

悲しそうに呟く彼女に一鳴きする。その声に彼女は笑みを浮かべ話を続ける。

「樹くんはね、本当におばあちゃんが好きなの。ここに来た時は7歳だと言うのに本当に体が小さくて、言葉も話せなかったんだけど、おばあちゃんが一所懸命尽くしてくれてね。今はあんなに笑顔が出るようになったのよ。だからなのか、本当はまだ学校に行ってる歳なのに、進学諦めて中卒で働いてるの。おばあちゃんの為に・・・」

ため息を吐きながら話す彼女の顔をじっと見つめる。そんな私に気づいたのか、ふふっ笑みを溢す。

「でもね、樹くんもおばあちゃんも不幸じゃ無いのよ。2人でいる事が幸せなんだと思うわ。2人を見てればわかる」

そう言って笑う彼女にまた一鳴きした。


「まぁ、樹ちゃん、可愛いわね」

そう言って美代子殿が満面の笑みで手を叩く。その笑顔を見ながら心中は複雑だった。

それと言うのも樹殿が帰宅途中で買ってきたという服のせいだった。

この世界ではペットは首輪とリードという物を付けないと、外に出てはいけないらしい。本来の猫であれば、首輪だけでいいのだが、猫としては体が大きい私には必要だと判断してのことだ。

ペット扱いを申し訳なさそうに樹殿は謝っていたが、帰るすべもなくこの世界で樹殿の世話になるのであれば、危惧する事は排除した方がいいと納得していた。

だが、問題は服だ。

近所の人は信じてくれてたが、外に行くとなると私の姿は目立ちすぎる。

特に尻尾は獅子そのものだ。それをカバーするために買ってきた服が、獅子や豹の姿を真似た服だった。

特に獅子の服にはフサフサの立て髪が付いている。それを着せられ、美代子殿はその姿に歓喜していたのだ。私は外見は子供の獅子だが、本来は21歳と立派な大人だ。子供に与えられる様な服が恥ずかしくてたまらない。

「樹ちゃんは何着ても可愛いわね」

私の頭を撫でながら、美代子殿は何度も可愛いと呟く。


昨夜、樹殿と間違えられている事になぜか罪悪感が出て、その事を謝罪したが、樹殿は笑顔で首を振った。

「おばあちゃんの口から僕の名前が出るのは久しぶりなんだ。それに、レイを可愛がってる姿を見てると、僕はまだおばあちゃんに愛されてるんだって実感する。だから、むしろ有難いと思ってるよ」

心からそう思っていると加えたその言葉を思い出し、私を褒める美代子の姿を嬉しそうに見つめる樹殿の姿が、心底嬉しかった。

樹殿と美代子殿の笑顔が見れるなら、これも致し方ない。

2人の幸せを守りたい・・・レイは心から湧く愛おしさを感じていた。

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