第3話 僕とおばあちゃん

「レイ、さっきはありがとう」

おばあちゃんを寝かしつけ、隣の自室へ入ると樹はレイにお礼を言う。

「いや、構わない。樹殿、美代子殿は・・・」

言葉を詰まらせるレイに、樹はにこりと微笑みながらベットに腰を下ろし、隣をトントンと叩く。レイは誘われるがままベットに飛び乗り、樹の隣に座る。

「おばあちゃんはね、若年性アルツハイマーって言ってね、だんだん物事を覚えられなくなる病気なんだ。最初は軽い物忘れから始まって、言葉が思い出せなくなったり、物事が覚えきれなくなったり、その内ここがどこかとか自分が誰で、何をしてたのかも忘れちゃうの。僕の事もたまにしか思い出せない」

「そうだったのか」

「これから進行していくと、ご飯の食べ方もトイレの仕方もわからなくなる。どんどん幼体化していくの」

「樹殿は若く見えるが、その、ご両親はいないのか?」

「・・・・・」

「すまない。不躾な質問をしたようだ」

黙り込む樹に何かを悟ったようにレイが謝る。樹は布団に入り、レイも入る様に促す。レイはそっと布団に潜り込み樹の側に寄ると、樹はあったかいと言いながら笑顔を溢す。

そしてポツリと呟く。

「大した話じゃ無いんだけど聞きたい?」

「樹殿が嫌でなければ・・・」

「僕はもう平気になったから嫌ではないよ。でも、他の人が聞いたら嫌な思いするから・・・」

心配そうな表情でレイを見つめるが、レイは鼻を寄せ、大丈夫だと合図をする。

すると、樹は仰向けになり天井を見つめながら、話始めた。


「僕には父親がいなくてお母さんがいたんだけど、ネグレクトだったんだ」

「ネグレクトとは?」

「簡単に言えば、育児放棄。僕を家に閉じ込めて、ほったらかし。最初はたまに帰って来てたんだけど、ある時から帰ってこなくなって、食べる物もなくて、その内電気とかも止まって、暗い部屋の中に1人で住んでた。僕が物心ついた時からずっとだったし、僕も何の疑問も持たなくて、ただそうしてるのが当たり前の毎日だったんだ」

「・・・・・」

「その内、多分家賃が払われなくなったんだろうね。大家さんが来て僕を見つけて保護してくれてね、おばあちゃんに連絡してくれたんだ。おばあちゃん、何度も泣きながら謝ってくれてね。お母さんは元々フラフラする癖があったみたいで、19の時に男の人と出ていってから連絡が取れずにいたんだって。おばあちゃん、警察にも相談してたけど見つからなくて、定期的に戸籍謄本を取ってはお母さんの安否を確認してたみたい。それで、お母さんが結婚して籍が無くなったと思ったら、翌年には籍が戻ってて僕が生まれた事がわかって、新しい住所に会いに行ったんだけど、もうそこにはいなかったんだって」

「そうか・・・」

「それからおばあちゃんと暮らし始めたんだけど、ある日、仕事先で階段から落ちておばあちゃん骨折したんだ。元々おばあちゃんは早くに旦那さん亡くして、一人手でお母さんを育ててたのもあって、凄いバリバリ働く人だったんだけど、入院でベットにほんの二ヶ月だけ寝たっきりになっただけなのに、おばあちゃん頑張りの糸が切れたのか、60になったばかりなのに認知症になっちゃった」

「大変だったな・・・」

「うーん・・・僕はそうでもないよ。そりゃ、少し大変な事もあったけど、周りの大人が助けてくれるし、僕はおばあちゃんと居れて幸せなんだ」

そう言って微笑む樹にレイは頰をぺろっと舐め励ます。

その意図がわかったのか樹はありがとうと呟いて、もう寝ようと声をかける。

レイが頷くのを確認すると、樹はベットの傍にメガネを起き、そばにあったアイマスクをレイに被せる。

「い、樹殿。これはなんだ?」

「アイマスクだよ。ごめんね、僕、小さい頃酷い栄養失調だったから視力が弱くて、夜盲症って病気になって暗いと何にも見えないんだ。だから、電気は付けて寝るの。じゃないとおばあちゃんに何かあった時、駆けつけられないから・・・僕は平気だけど、レイは明るいと寝れないでしょ?だから、これ付けてくれる?」

「そうか・・わかった」

「ごめんね。慣れればすぐ寝れる様になるから。僕はこの方が安心するから、そのまま寝るね。おやすみ、レイ」

樹はレイに綺麗に布団を被せると頭を優しく撫で、その内寝息を立て眠りにつく。

レイはその寝息を聞きながら、不遇な人生を送っている樹を不憫に思ったが、幸せだと微笑む笑顔を思い出し、そっと樹の頬に頭を擦り寄せ、そのまま眠りについた。

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