第5話 風紀委員長との出会いとまたしてもすれ違う拗らせ陰キャ
本日の獄中生活が終わり、これから家で存分に遊び倒してやるぞと意気込んでいたが、今日は特別な用事があったのを思い出して萎えた。
でも、陽大先輩が言うことだ! 女の子とイチャコラするためにはエンヤコーラーってやつだ。
苦虫を噛み潰しまくって、風紀委員会全体集会が行われるという教室へと歩を進める。
教室の前まで来て、やっぱり帰ろかなと思うがここまで来たので踏み切って扉を開ける。
教室は委員長や副委員長、会計といった役職持ちの役員を前列に、それ以外のメンバーはコの字に並べられた机に沿った椅子に座る形になっていた。
集会の内容は、風紀委員会役員の簡単な自己紹介と以降の活動についての概要だった。
要は教師陣や生徒会など、他の委員会の雑用をするといったもので、思っていた風紀委員会とは違った。ジャッジメントしないの?
頻繁に活動があるというわけではないが、場合によっては忙しい時期もあるらしい。
そんなわけで数十分ほどで集会は終わり、「よし、これは絶対に幽霊になる」と確信した。否、決心したその時だ。
足早に帰ろうとする俺を呼び止める声がした。
「ああ、君。横枕くん。ちょっといいかな」
声の主は風紀委員会委員長、三条舞美々(さんじょう まみみ)先輩だった。俺は高二なので、彼女は高三だ。
俺の心の声が聞こえたのかとヒヤリとしたが、平常心を装い逆ポーカーフェイスの発動をなんとか抑えながら三条先輩の方へ行く。
三条先輩は、ウェーブのかかった長い栗色の髪にかわいらしい白いカチューシャをつけ、ワンピースの海軍のように上着を肩に羽織っていた。
今は机に隠れているが、集会中に彼女が脚を組んだ時、黒のタイツを纏った太腿がチラリと見えて非常にエロスだった。ごっつぁんです。
風紀委員なので当然と言えばそうだが、胸元はしっかり閉じられている。けれども、彼女の胸はそれだけでは誤魔化しきれないほど豊満だった。
それにしても名指しで呼ばれるとは。何を言われるのかな。まさか告白か!? といっても今の俺は容姿は女だし。もしや、先輩は同性愛者なのか?! それはそれで良い!
とキモいことを考えていると、三条先輩は頬杖をついて俺に微笑みかけてきた。
「聞いたよ。君、女体化症なんだってね。色々環境も変わって大変だろうし、もし辛かったら気軽に相談しに来てくれ」
俺が首を縦に振ると三条先輩はでも、と続ける。
「その代わり、男の子に戻った時はジャンジャン働いてもらうよ」
顔立ちの整った彼女に微笑みかけられてそう言われたら、全国の男は馬車馬の如く働くだろう。ただし、女体化症を患った男も含む。
「わかりました」
俺は心の中で敬礼していた。三条先輩万歳!
もしかすると、脚見てたでしょ?とか言われるかなと思ったが、そんなこともなく無難な会話で終わって安堵した。
◇
それから特に小鳥遊ともそれ以外の女子たちとも勿論進展がなく、気づけばいつものようにアニメを見たりゲームをしまくると言ったオタク趣味に没頭していた。
それによりモテたい欲が少なくなったのか、次第に女体化症が収まってきていた。
もちろん、欲が全くないわけではない。多少の不安はあるが、ゲーセンでの小鳥遊さんとは我ながら良い雰囲気だったとは思う。
しかし、いかんせん進展させるきっかけがない。なんだかんだ言って、あれから風紀委員の仕事もまだない。
それに加えて、先日発売したばかりの超人気タイトルゲームの続編に没頭しているために、彼女と会ったゲーセンに行く機会もない。
そもそも憩いの場というのは、そう簡単に何度も足を運ぶものではない。あまり行きすぎると、ありがたみを忘れてしまうからだ。
今の俺と小鳥遊さんの接点はその二つしかないので、必然的に進展もクソも無くなってしまうわけである。
ある日の下校中、陽にその旨をそっくりそのまま述べた。
「お前ってやつは本当に……」
いつものため息混じりの返答をしたのは陽だ。陽はやれやれと両手を挙げる。
「当たり前だけどさあ、人間関係っていうのは定期的に接していかないとどんどん薄れていくもんなんだよ」
陽は俺に人差し指を指した。めっ! 人に指差したらだめでしょ!
「とにかく、今日中にも何かしらリーネで会話することだな」
「お、おう……」
俺も陰キャとはいえ小学生の頃は人間関係においては人並みに悩んだことはあるので、陽の言い分が百正解だということはわかる。
だが、そう簡単に言うな。オタク友達を遊びに誘うときでさえ『断られたりハブられたりしてないかな』と心配になるのに、いはんや女子をや。
神がかり的な読みにより俺の胸中を見透かした様子の陽は、瞬時に俺の背後をとる。そのまま俺の肩をがっしり掴んだ。
最近肩凝ってきたかな? 陽くんは友達孝行者でマクらんうれしい!
と思ったが、陽は明らかに俺を労うつもりはなさそうだ。
「やっぱり今日中じゃなく、今だ」
「……は? いやあ、ね。今日はスマホ忘れちゃっててぇ」
「い ま だ」
振り向かずとも陽が今鬼の形相なのは簡単にわかる。
振り解いて逃げたろうかと思ったが、陽はあくまで俺のためにここまでしてくれているのだ。それに応えるのが男というものよ。
「わ……わがっだ……」
わかったから、あんまり俺の肩をそれ以上掴まないでくれない? ギシギシ言ってるんだけど? 肩凝りどころか骨にヒビが入っちゃうよ。二度と野球できなくなっちゃうよ。野球したことないけど。
「えーっと……。『こんにちわ。特に用はないけど』と」
陽に見張られていて、短い間しかなかったものの俺の考え得る完璧なリーネをした。
これには恋情における大大大先輩の陽さんもスタンディングオベーションよ。最初から座ってないけど。歩きながらだからウォーキングオベーション? なんだ? まあいいか。
それより陽さん? 陽先生? なんでまだ鬼の形相なんだい? なんならさっきよりも恐ろしいような……。今にも殴りかかってきそうな表情だけど大丈夫かい? 糖分たりてる? なんちゃって。
てへぺろしようとするや否や、陽は俺の顔を鷲掴みにした。
「みのるくうん、ふざけるのも大概にしてよー? 一言多いんだよ。一言。特に用はないじゃないんだよ。なんのつもりだよ」
「むがもがむにゅもにゅ!!!」
こんな状態で当然喋れるわけがない。陽の握力で俺の両頬がくっつきそうな勢いだ。女の子になんてことを!
「普通にゲーセンであった時の流れで遊びに誘えばいいんだよ。『丁度テスト期間だから、勉強教えてくれない?』とか、小鳥遊さんがあまり勉強が得意じゃないなら、『俺もわかるところは教えるからさ』とでも付け加えればいいんだよ」
至極もっともで的確なアドバイスだ。
だが、俺とお前は違う。ゲーセンのときはゲーマー魂バフがあったというか、あのときは偶々絶好調だっただけだ。
誰にだって調子の波はある。躁鬱とまではいわないが、それと似たようなものだ。
今の俺にとってそんな冒険はできない。その旨を冗談交じりにやんわりと言うことができればよかったのだが。
つい口をついた。
「俺は陽キャじゃない。お前はスポーツも勉強もできて、女子への理解もあって、陽キャだからできるだろうけど。俺は……そんなふうにできていない」
さっきまでは陽の目を真っ直ぐ見れていたはずなのに、それができない。眼球だけが石化でもしたかのように、目線が斜め下のアスファルトに固定される。
だから、彼がどんな顔をしていたかはよく見えなかった。
「そうか。悪い。お節介だったな」
違う。
お前は悪くない。お前の気持ちはわかってる。
そう言いたかったが、喉に何かが詰まったかのように、声が出てこない。
「最近、部活が忙しくてな。それに、どうにもうまくいかないんだ。疲労のせいで、配慮が足りなかったみたいだな」
陽は早足で進み、俺を追い抜かした。
「またな」
彼はそうこぼして、走っていった。
それは、彼が逃げたというより、彼が俺を置いていったと捉えるのが正しいだろう。一つのことにより集中するために。
そう思うと、今更眼球が彼の背を捉える。
けれど、今度は脚が捕まっていた。俺を拘束しているものは、俺自身が思っている以上に根深いものなのかもしれない。それは、一時の迷いとだけでは片付けられない何かであるに違いない。
結局のところ俺はその日、なにも成し遂げられなかった。
リーネを開くことすら億劫で、しかし諦めることもできなかった。
小鳥遊さんどころか陽との人間関係についても苦悩した。
何をすればいいのか、どうすればよかったのか。その夜、考えても考えても、答えが見つかることはなかった。
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