第4話 女子からのメールと逆ポーカーフェイス

 我が家は学校から徒歩十五分ほどに位置する。そのため、最悪朝礼開始時刻の十五分前に家を発てばよい。


 だが、五分前行動を徹底している俺は目覚ましを開始時刻二十分前に設定しているのだ。


 この五分間でパンを咥えながら身支度をし、遅刻遅刻〜と言いながら、あわよくば曲がり角で美女と衝突したいといった思惑もある。


 というわけで、朝礼一時間前に起きてしまったのであと四十分ほど寝れるぞ!


 そう思い二度寝を決め込もうとするや否や通知音が鳴った。はて? アラーム機能のバグだろうか。


 しかし、ふとアラーム音のけたたましく忌まわしい音とは違う、少し控えめな音だったことを思い出す。


 瞬間、朝からSNSを送ってくる人間といえば誰だろうと冴えない頭で考える。


 陽は朝から部活で忙しいか、部活がない時は俺と同様限界チキチキギリギリ起床でまず送ってこないだろう。


 しかし、俺の連絡先を知っている人間なぞたかが知れている。


 ふと、昨日の昼休みに小鳥遊と流行りのSNSツール、リーネで友達になったことを思い出した。


 じょじょじょじょ、女子からメールや!!


 先程までの眠気が嘘のように、嬉々として画面に飛びつくと、案の定小鳥遊からの通知だった。


『おはよう。昨日はありがとう。それで、委員会の件なんだけど』


 小鳥遊からのモーニングコールに喜んだのも束の間、淡々と本題を持ち込んできた。ゲーセンのときも思ったけど、校外とリーネでは案外正直な人なんだな……。


 なんでも、既に俺の代わりに俺の委員会への入会の手続きは済ませてあり、早速放課後に集会なるものがあるらしい。


 こんなこと言うのもアレだが、何? 怪しい新興宗教? 俺って騙されてるの? でも可愛いアニメのスタンプ送ってきたから許す。いやどうしようかな。めんどくさいな。


 でも小鳥遊から失望されたくはないし……。


 ていうか女の子への返信ってどんなのがいいんだ? 『リーネありがとうございます』から始まり『今後ともよろしくお願いいたします』で終わる礼儀正しい方がいいのか、はたまた冒険して『おう』とかワイルドな返信で行くか?!


 いやいやここはあえて淡白に『了解』でいったろかな!?


 とかなんとか、あーでもないこーでもないと頭を抱えてベッドの上でジタバタしていたが、目覚ましが鳴って我に返った。


 後二十分で朝礼だ。


 結局、礼儀正しさと淡白さの中間を取り、『わかりました』と返した。母ちゃんのメール慣れしてない返信かよ。


 ちなみにいっぱい遊んで寝たおかげで疲れが取れてしまったためか、今日は平然と女体化している。


 あの二度と女体化することはないという根拠のない確信はただの思い違いだったということか、はたまた小鳥遊と仲良くなったことで性欲が超復活したのだろうか。


 普通なら憂鬱な気持ちで学校へ行くが、今日は違う。これも小鳥遊効果のおかげなのだろうか。彼女とゲーセンで会う以前に悩みこんでいたのがウソみたいだ。


 さて、身支度を済ませますか。


 身支度といってもほとんどの教材は置き勉してきているため、時間割を確認する必要もない。


 注意しないといけないのは体操服がいる日だけだ。体操服自体を忘れるのもそうだが、いつもの癖で男子用だけ持っていってしまうとめんどくさいことになる。


 とは言っても、昭和時代ほど女子と男子で大して差があるわけでもなく、ちょっとした柄の違いくらいなのだが。


 今日はめんどくさい体育はないので、あとは制服を着るだけだ。


 髪を適当にとかし、母ちゃんに慣れないセーラー服を着せてもらって、バターを薄く塗った食パンをさらう。それを立ち食いしながら足早に家を出た。


 ちょうどパンを全て口に含んだ頃合いで、道中にあるいつもの公園にヤツがいないか確認するのも俺のモーニングルーティーンだ。


 するとそいつが滑り台のスロープで横になっているのが見えた。


 陽はこちらに気づくと笑顔で寄ってくる。


「お、いいねえ。今日も『みの子』ちゃんかい?」


 俺の名前の、みのるから取っているのだろう。全く、こいつはとことん馬鹿にしやがる。


「置いてくぞ」


 俺は、「ごめんって!」 という陽を尻目に、踵を返してスタスタと歩く。


 追いついた陽が途端に打って変わって深刻そうな顔になった。


「それで……? 進展はあったか?」


 周りには誰もいないというのに、何故か耳打ちするように小声になっている。いちいち大袈裟なのがうざい。


 十中八九、進展というのは例の女体化大作戦のことだ。そんな名前はつけてないけど。


「まあぼちぼちだな」


 平静を装っていつものように返したつもりだったが、昨日小鳥遊と遊んだことを思い出してしまい、ニヤケを抑えられなかったのだろう。


 陽はそれを察知して、またしても大袈裟にバッと俺の方を向いた。


「……どこまでいったんだ?」


 こいつ鋭いな。俺ってそんなにわかりやすいか……?


「リ、リーネ交換したのと、一緒にゲーセンで遊んだ。会ったのは偶然だけど」


 なんだかんだ相談に乗ってくれた陽に隠し事はしたくなかったので正直に答えた。


 すると陽は馬鹿にするでもなく屈託のない笑顔を浮かべる。


「そーかそーか!! よかったな! とりあえずは中間目標達成じゃないか!」


「まあ、その時は女体化してなかったんだけどな」


「尚更すごいじゃん! いや〜成長したなあ、お前も」


 そう言って陽は、何故女体化していなかったのかを疑問に思うような様子も無く、高らかに笑いながらバンバンと俺の背中を叩いてくる。


 俺は昨日何があったのかを大まかに告げた。


「……それで、そのついでなのかそれ自体がついでだったのか知らんけど、風紀委員会に誘われてな。どうしようか迷ってるんだ」


 迷うも何も、もう俺は委員会に入っていることになっているらしいが。


 まあ小鳥遊は無理に俺を入れようとしているわけではなさそうだし、いまから入会を断っても取り計らってくれそうではある。


 陽は歩幅を小さくして、少し考える素振りをする。


「俺も何度か話したことはあるが、小鳥遊さんは何かを企むような人じゃ無いと思うけどな。まあ、深く考えるのはよそう」


 そう言って陽は歩幅が小さくなった分のリカバーのため、早歩きで俺を一歩分だけ追い越し、


「いいんじゃないか。風紀委員会が何をしているか詳しくは知らんが、誘われたなら入ってみれば」


 陽は俺の方を見ながら軽く言った。


「お前、簡単にいうけどさあ」


 俺が遮ろうとすると、陽は待ったと右手を広げてジェスチャーをする。


「いやいや、これはチャンスだよ。できれば部活がベストだが、小鳥遊さんと同じ委員会に入れば、そこからさらに進展があるかもしれないじゃないか」


 確かに一理ある。いや百理ある。


 俺は素でポンっと握り拳を一方の手の甲に落とした。こいつ、なかなか頭が切れるな。さすが恋情における大先輩!


 そんな俺の態度を見て、陽は呆れた表情をした。


「お前ってホントわかりやすいな」


 それな。俺ってばマジ逆ポーカーフェイス。

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