第3話 TSブレイカーの拗らせ陰キャとゲーセンギャル
弁当の味がしないくらいに満たされた心持ちの俺は満面の笑みで猿みたいな顔になってた。ムフフフフ。女子とご飯!? この俺が?! 陽監督! 俺遂にやりました!
と思った俺が浅はかでした。
「でさ〜あいつがあんなこというとかマジでありえなくな〜い?」
「……」
「マジ? それ超ヤバ(笑)」
「……」
「そういやさ、アレどうなったんだっけ? 先輩とあの子が付き合ってるって話」
「……」
「なんかそれマジらしいよ……。旧校舎の裏で告ってるの見た人がいたらしくて。ちょっと嫉妬しちゃうよね〜」
「……」
言わずもがな、さっきから終始無言なのは俺である。普段俺も気持ちの悪いオタクどもと他愛もない話をしているので、会話に中身が無いとか言うつもりはないが、少なくとも俺は人の色恋沙汰に興味はない。
どうやら女体化しても精神は完全に男のままのようだ。そんな俺に比べて、さっき話しかけてくれた女子AとBはすごく上手い。
話しの良きところで共に笑い、あくまで聞き役に徹しながらも話を振られると雰囲気を崩さずにしっかり自分の意見を言える。
話についていけなさすぎて逆に退屈な俺は、もはやそのような人間観察を始めていた。
「横枕『ちゃん』はさ普段どう呼ばれてんの? あ、えーと横枕『くん』のがいいのかな?」
その女子は、すっかりげっそりしていた俺を見かねて話しかけてくれたようだ。
だがみんなご存知の通り、暇そうだからと言っても陰キャにむやみやたらに話しかけるのは御法度である。
問題なのはそのみんなの中に陽キャグループが入っていないことだ。ていうかみんなって誰だよ。
「え、えっと……。特にあだ名とかは……」
案の定超キョドった。いやこれは女体化によるものだから! 性別を行き来したせいでまだ自己が確立してないだけだからしょうがないんだ! 決して陰キャの悪いところが出たわけではない! 俺はそんじょそこらの陰キャとは一味違うぞ!
心の中でアホみたいに言い訳している俺を他所に、向かいに座っているさっきの女子Aが俺の方に身を乗り出す。
「じゃあさ! マクらんっていうのはどう? ヨコマクラって長いじゃん!」
真っ白で歯並びの良い歯を見せてにんまりと笑う彼女。
「いーじゃんそれ!」
「マクらんにけってーい!」
俺の返答は一切待たずに周りの女子たちは賛同の意を表明した。マクらんて。どんなネーミングセンスだよ。
「私のマクマクより良いな」
これまたさっきの女子Bが腕組みして頷きながら小声でなんか言っているのが聞こえた。陰キャは地獄耳である。
その後、女子Bから放課後に俺の歓迎会兼女子会を開こうと女子と仲良くなれるかもしれない最高のお誘いがあったが、昼休みのことを鑑みるとやはり絶望的なので苦渋の決断の末、断っておいた。
嘘。即拒否した。
そんなわけでやはり俺の中の性獣はあっさりとただの陰キャに負けたのであった。
◇
下校中、すっかり気疲れして性欲が完全に失せた俺は、気づくと男に戻っていた。
街中で変化し始めたのは驚いたが、ちょうど公園が近くにあり、そこの公衆便所で持っていた予備の私服に着替えることができた。
興奮型ってことは逆に言えば興奮がおさまれば戻るってことなのか? 思わぬ収穫だ。
女の子になったところで結局のところ精神は同じままで、コミュ力も当然のことながら上がらないことも判明した今、女体化している利点はやはり無い。
女子AとBとはなんとか話せたように思ったが、よくよく冷静になってみると彼女らが俺が比較的答えやすい話題になった時に積極的に話しかけてくれただけだった。
あの二人、特にすげえ美人だったなあ。また話したいなあ。
だが、たとえ女体化していたとしてもクラスメイトの目が気になって話しかけに行くのは中々難しい。
あの時の、陽に相談した時の自分はもういなかった。
ふと思った。男の時に女子と近づける機会というものは本当になかったのだろうかと。
確かにこの世の中というものは少なからず運が絡むものである。
とは言ってもだ。世界中に、意中の相手と交際できている人間などごまんといる。
つまり、ごく一部を除いては、皆にその機会はやってくるということではないか。
否、機会を作っていると言った方が正しい。
俺だって、女子に話しかけたり、友達に紹介してもらったり、なんなら消しゴムを借りたついでに当たり障りのない世間話をするとか、とりあえず女性と何かしらの接点を持つことはできたはずである。
だが、そうしなかった。
こんなどうにもならないことを考えたのは何回目だろうか。考えるより先に行動しない自分を何度恨んだことか。そのくせ性欲は人並み以上にあるわけだ。全く救いようがない。
もう、女体化はしないかもしれないな。
不意にそう思った。そんな確証はどこもないはずなのに。性欲なんてものは寝て起きたらまた復活しているはずだ。
そのはずなのに、なぜかそんな考えが浮かんだ。自分の中で何かが振り切れたように、または糸がぷつんと切れたようにとでも言おうか。
そういえば、こういう時に行くところがあったな。公園は相談の場。そして俺が今から行くところは憩いの場だ。
その憩いの場というのは学校から電車で30分ほどの少し離れたゲームセンターである。
もっと学校の近場にもゲームセンターはあるのだが、そんな所に行ってしまえば同級生などと鉢合わせしてしまえば、気まずい雰囲気待ったなし。
気まずくなるくらいの友達すらいないだろって? うるさい。俺にだってちょっとくらい友達はいるやい。陽君とか陽とか陽先輩とか。
学校で噂されるかもしれないしとにかく嫌なのだ。俺の憩いの場所にいるのは俺だけでいい。そこに他人が入る余地などない。
そもそも、俺は一人の時間が一番好きだ。世間では、ぼっちというのはグループにあぶれた除け者であり、よって恥ずべきものであるとされている。
しかしそれは安直すぎる考えではないだろうか。
俺のように孤高のひとときを大切にしている者は必然的に一人になり得る。
よって俺の場合あぶれるグループもなければ、面と向かってバカにしてくる者もいない。
スクールカーストというヒエラルキーで言えば、俺は最底辺ですらない。
例えるなら俺は食物連鎖から逸脱した人間である。高すぎる知能を持っているが故にカーストから解き放たれたのだ。よって俺は賢い。
電車に揺られながら、そんなしょうもないことを考えていた。
ふと車窓をみやると、そこには都会とも田舎とも言えないいつもの中途半端な景色が広がっていた。
◇
自動ドアを抜けると、そこは騒音渦巻く楽園であった。
それぞれが「俺から遊んでくれ」とタイトルコールからそのプレイ動画まで何度もループ再生され、かしましく喚き散らしている。
そのせいで聖徳太子でもない限り聞き取れないレベルで情報が飛び交っている。
ゲーセンに不慣れだとやかましいことこの上ないだろう。
だが、俺にはむしろ心地よい。
ここに来ればその騒音が雑念をかき消してくれるような気がするのだ。
さて、今日は何をしようかな。クレーンゲームは下手くそなので、今の精神状態でやるとさらに苛立ちを掻き立てられそうだ。商品を取る系はどうにも慣れない。
ゲーセンなので当たり前だが、ゲームの種類の多さに悩んでしまう。
だからといって種類を選ばずにやりすぎると飽きが来るし、財布どころか貯金箱との相談も必須だ。
この限られた資金でゲームを選ぶのも至高の瞬間の一つ。
何気なく周囲を見渡すと、音ゲーコーナーの中に見たことのない筐体があった。
そういえば、オタ友の中で新作の音ゲーが出たって話になってたな。どうやらこれのことだったみたいだ。
まずはこれをやってみるか。
音ゲーの腕前は人並み以上にはあると自負している。
主にやるのはスマホの音ゲーだが、偶にやるゲーセンの音ゲーもまた好きだ。
とりあえず知っている曲を探しては、ちょっと無理して最高難易度を選択する。
リズムに合わせてボタンを叩く。そんなシンプルなゲームではあるのだが、音楽と自分が一体化している時のこの感覚は他に変えられないものがある。
夢中になって何度もプレイしていると、すっかり予算を使い切ってしまっていることに気付いた。
「うわ〜すごいなぁ。またフルコンボしちゃったよ」
突然の背後からの声に口から心臓が飛び出そうになる。
瀕死状態でなんとか振り返るとそこにはピンクのヘッドホンを首にかけた眼鏡女子がいた。
彼女はパチパチというよりペチペチと手の平を合わせたまま指だけで控えめに、それでいて超可愛らしい拍手をする。
「私普段音ゲーやらないけれど、この前新作だからって理由でそのゲームやったんだけどからっきし出来なくてさ〜」
「は、はあ……」
「それによくそんな最高難易度を軽々できるね!友達にこんな上手い人がいるなんて、私も誇らしいよ」
「は、はあ……え?」
友……達?? この女子やけによくしゃべr……フレンドリーだなあと思ったら、爆速で俺を友達認定だと!? どんだけ距離近いんだ……?
陰キャガチ勢の俺はついつい異世界の住人でも見るかの様な目つきで彼女を見てしまった。
彼女は俺の露骨な態度を前に、「むうーっ」と頬を膨らませる。
「もしかして、私のこともう忘れちゃったの? 私、小鳥遊。小鳥遊桐花(たかなし とうか)。昼休み一緒にご飯食べた仲なのに。マクらんでしょ? 今は男の子の姿だけど」
「あっ! 女子Bか!」
思いがけず思ったことが口に出てしまった。
当然彼女は顔をしかめる。
「は? 女子B……? 何?」
うわこっわ! いや俺が悪いんだけどもさ! こわこわこっわ!
無論女子との適切な接し方など知らない。そもそも知っていればこんな状況になっていない。
どうすればいいのかわからずいつものようにキョドっていると、女子Bこと小鳥遊さんは全く気にせず、ある場所を指さした。
「私のこと忘れてた罰として、あのゾンビゲームやろ。私アレ得意なんだ」
「う、うん」
あれは確かゾンビを武器で倒し、その数を競うゲームだ。俺も何度かやったことがあるし、そこまで不得意というわけでは無い。
いっちょここで男らしいとこを見せてやりまうか!
と、意気込んだのも束の間、始まって一分で彼女と次元が違うことに気づいた。
モチのロン、俺が上手すぎるのではなく、俺が下手すぎる。より正確に言えば、俺が下手すぎるかつ彼女が上手すぎるのだ。
ダブルスコアどころかトリプルスコアの差だあ……。俺は井の中の陰キャということか。別にガチ勢では無いが、これは凹む。
というかこの女子何者なんだ。プレイ動画をネットにでも上げれば万バズまったなしまである。
「っし! ね? 言ったでしょ! このゲーム得意なんだ」
小鳥遊はガッツポーズをしてえっへんと鼻から強く息を吐いた。
まさに獅子が兎を狩るにも全力を尽くすといった振る舞いである。
それにしても、小鳥遊は学校にいる時とは少し雰囲気が違っていた。学校では表情こそ豊かではあるが、どこか取り繕った様子もある。その一方、今は抱えた感情をそのまま出しているように見える。俺の勝手な妄想かもわからないけれど。
「ここにはよく来るの?」
「あ、そうだね。気分転換に」
「そうなんだ。いつもは用事のついでで少し遅めにここに来るんだけど、今日はたまたま初めてこの時間に来たんだ。ちょっと学校から離れてて人目を気にしなくていいね」
小鳥遊はそう言うと、はっとして俺に向き直る。
「ご、ごめん! 折角ゲーム楽しんでたのに邪魔しちゃって。君の上手なプレイみちゃってついゲーマー魂が……」
小鳥遊は申し訳なさそうに苦笑した。その笑顔は苦笑いだというのに、天使か女神かのように美しかった。
確かに人目を盗んでここにやってきたのは事実だが、徹底的に忌避している訳ではないし、気にしなくていいのにな。それに可愛いから許す。
「どうせもう終わるつもりだったしな。ゾンビゲー奢ってくれたし」
俺は可愛い女の子の目を直視できない病なので少し目を逸らしながら言った。
小鳥遊は胸を撫で下ろした様子だ。
「やっぱり趣味があるっていいよね。特にゲーム」
俺は心底その通りだとうんうん頷く。後方腕組み陰キャ面。
「私、このゾンビゲームのシリーズがすごい好きなんだ。でも最近どうにもマンネリ気味なんだよね」
その気持ちはすごくわかる。シリーズものの最大の敵はワンパターンになってしまうことだと言っても過言では無い。
彼女は遠い目をして続ける。
「新たな新展開とか無いかなあ。例えば、人間がゾンビになるだけじゃなく、ゾンビが人間になる話とかさ」
「逆転の発想ってやつか」
小鳥遊は一瞬哀しい目をして視線を落としたが、すぐに俺に向き直ってニコッと笑った。
「でも、久々に二人プレイできたから新鮮だったよ。またやろ」
「次やる時はもう少し上手くなっとく」
俺も慣れない笑みで返す。多分ひきつっていたと思う。
だが、俺にしては女子とよく話せている方だ。彼女のような高嶺の花系美人であっても同じゲーマーなのだと知ったからだろうか。
多分切り上げる頃合いだろうと、そのまま店を後にしようとすると、小鳥遊は思い出したかのように俺を呼び止めた。
「そうだ! マクらん! すごい図々しくて悪いんだけど……」
嫌な予感がする。実はこれ陰キャくんと一緒にゲームする罰ゲームでしたー! とかいうオチじゃ無いだろうな。そうだったら俺は泣く。
「今風紀委員会が人手不足で……。もしよかったらだけどマクらんに入会して欲しいなって」
俺は露骨に表情を曇らせる。小鳥遊はそんな俺を見てまたもや申し訳なさそうに苦笑した。
そんな表情をされると、どうにも断りづらい。面倒ごとは絶対やらんと決めた俺だが、『友達』のためとなればしょうがないだろう。あと可愛いし。
「わかった。委員会とかちゃんとやったことはないから最悪幽霊部員ならぬ幽霊委員になるかもだけどな。ハハ」
……アレ? 小鳥遊さん? ここ笑うとこだよ? なんでまだ苦笑いしてるの? 俺は入会を承諾したよ?
俺はこの時の選択を早々に後悔することとなる。ギャグの件ではなくて俺が特に何も考えず入会を決めてしまった件について。
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