30年後にタイムスリップしたら自分のせいで本屋が無くなっていたのですが

彼岸キョウカ

 

「見つけた! もうどこにも無いかと思った〜」


 私は小宮 早苗。25歳。読書が大大大好き。


「おや、お嬢さん。その本が好きなんて珍しいね」


 大学生で一人暮らしを始めてからミニマリストになり、今はSNSでそこそこ有名だ。


「はい。子どもの頃大好きだったんですけど、久しぶりに読んだら面白くて面白くて……。全巻揃えようと思ったんです」


 必要最低限しか物を持たないミニマリストだけど、本は紙に限る。


「俺の娘もそのシリーズが大好きでな。いやぁ懐かしいよ。お嬢さん、それで全巻揃うのかい?」


 大きい本屋さんもたくさん本が並んでいてテンションがあがるけど、こういうこじんまりしたお店も店主さんの本の趣味によってラインナップが変わるからすごい好き。


「あ、いえ、7巻だけがどうしても見つからなくて……」


 全10巻の内の第7巻は、主人公とその幼馴染がくっつく最高に胸熱な巻で人気も高く、どこを探しても見つからない。


 中古で良いじゃんって思うかもしれないけど、やっぱり本屋さんで買って作者に貢献したいんだよね。


「7巻ね、知り合いの本屋に在庫あるか確認してみるわ。また来なよ」


「い、良いんですか!? ありがとうございます!」


「良いってことよ。近頃本は売れなくなってきてるから、探し回ってくれるのが嬉しいんだよ」


 確かに、どんどん電子書籍が主流になってきてるよね。


 おじさんと電話番号を交換した後、家に帰ろうとルンルンで店を出たんだけ、ど——。


「え、何ここ……」


 店をでた途端、そこは全然知らない場所になっていた。


 振り返るとさっきまでいた本屋はカフェになっている。


 メニューは日本語だから、日本なのは間違いなさそう。


 え、なになになに?


 待って、理解が追いつかない……。


 ここがどこか調べようと思ってスマホを見ると、圏外だし。


「どうしよう……とりあえず、歩くか」


 まずは情報収集、だよね。



——————————



「いらっしゃいませ」


 近くにあったコンビニに入ると、頭上から女性の声が聞こえる。


 ぱっとレジを見るも、誰もいない。


「えぇっと、新聞新聞……」


 新聞にだったらいろいろ書いてあるよね。って、新聞ないんだが?


 店員さんを呼ぼうにも何処にもいない。


 諦めてコンビニを出ると、おじいさんがとぼとぼ歩いていた。


「あ、あのっ。すみません!」


 藁にも縋る思いでおじいさんに声をかける。


「おや……どうなさいましたか?」


 見かけに寄らず、しゃきしゃき喋るおじいさん。


「あ、あの、私、本屋から出たら知らない街にいたのですが」


「本屋?」


 おじいさんの眉がピクリと動いた。


「本屋なんて、今はもう日本には存在しませんよ」


「……はい?」


 どういうこと?



——————————



 元本屋のカフェで、おじいさんとコーヒーを飲んでわかったこと。


 どうやらここは30年後の日本とのこと。


 そして本屋は日本では絶滅したらしい。


 スーパー☆ミニマリスト、小宮 早苗によって。


 は? なんだよ超☆ミニマリストって。ネーミングセンス無さすぎなんだが。


 いやいやいや、そんなのは今はどうでも良い。


 誰よりも紙の本を愛してやまない私が、何故本屋を潰した?


 30年の間に、一体何があったんだ。


 “私”だったら現代に帰る方法も知ってるかもしれないし、急いで私の所へ行こう。


 住所は、おじいさんがなんかすごいツテで調べてくれたから!



——————————


「ピンポーン」


 どうやら私は、一軒家に旦那さんと二人で住んでいるそうだ。


 結婚できたんだね、私。


「はーい」


 おばさんの声がする。


「あの、小宮早苗です」


 偽名を名乗るかどうか迷ったけど、カメラで私だってわかるだろうしやめた。


「…………」


 返事はないけど、バタバタと家から聞こえてくる。


 バンっと、ドアが開いた。


「あなた……本当に私……?」


 私の面影があるおばさん。なんか、嫌だな、老けた自分を見るのは。


「はい。25歳の小宮早苗です」


「えっと、とりあえず上がってくれる?」


 お言葉に甘えて、未来のお家に上がることにした。


「それで、なんで25歳の私がこんなところに?」


 リビングに通された私は、出されたお茶を飲んでいた。


 流石超☆ミニマリスト、私。家の中は綺麗に片付いている。


「私が聞きたいんだけど! 本屋から出たら30年後だったんだから!」


 そう、本屋だ。こいつがなんで本屋を潰したのか聞かないと。


「てかさ、なんで本屋潰したの? 紙の本も本屋さんも大好きだったじゃんか」


 “私”は、俯くと、ぼそぼそ喋った。


「大好きだったわよ……でも、本屋のせいで私は死にかけたのよ」


「死に、かけた?」


「そう。あなた、その本を持っているってことは、第7巻を本屋のおじさんに探してもらったんでしょう? その本を買った帰り道に、私は殺されかけたの」


 ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、“私”は続けた。


「突然、知らない男の人に刺されてっ、3日も意識が戻らなかったわ……そ、それに……目が覚めたら買った本はどこにもっ、無かったのよ」


 私は、“私”を見ることしかできなかった。


「怖くて……しばらく外に出られなくなった……。何よりあの本が無くなったことが辛かった……。もう、本なんて、本屋なんていらないって……。電子書籍で充分だって、ミニマリストとして広めたわ……」


 立ち上がり、“私”を抱きしめる。


「そうだったんだね。辛かったね。悲しかったね」


 “私”はわんわん泣いた。


 私も、ちょっと泣いた。

 


——————————



「どう? 久しぶりに読む紙の本は」

 

 “私”を落ち着かせた後、せっかくなので持ってる本を読んでもらった。


「面白かったわ。そして何より、楽しかった」


 そう言って笑う“私”の笑顔は、どこか子どもっぽかった。


「やっぱり紙の本は良いわね。ページを捲る度にドキドキするわ」


「うんうん、そうだね」


「ねぇ、早苗」


「何?」


「あなたは、本を、本屋を無くさないでね」


「うん、もちろん!」


 私は将来本屋を潰すぐらいの行動力があるんだから、本屋をたくさん建てることもできるでしょ。


「じゃあ、私はそろそろお暇するわ」


 まぁ、家出ても帰る宛が無いんですけどね。


「夫に事情を説明するから、帰る方法がわかるまでここにいたら?」


「いいのいいの! 旦那さんの顔見たら、結婚相手探すドキドキ無くなっちゃうでしょ〜」


 これは本音。


「そ、それもそうね。何か困ったことがあったら、いつでも来てね」


「はーい」


「じゃあ、頑張ってね。早苗」


「うん、頑張るよ!」


 私達は笑顔で手を振っ、た——。


「ふぇ?」


 “私”の家のドアが閉まった瞬間、家があの本屋になった。


「戻って、きた?」


 急いでスマホを取り出す。圏外じゃない!


「良かったぁ……もう戻れないかと思った……」


 時間も、私が本屋を出てすぐの時間っぽいし。


「よーし、帰って本の良さ、発信しなきゃ!」


 夢は、大きな本屋さんを建てること!


 見ててね、未来の“私”!


 あ、でもどんなに有名になっても超☆ミニマリストなんては名乗らないから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

30年後にタイムスリップしたら自分のせいで本屋が無くなっていたのですが 彼岸キョウカ @higankyouka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説