第19話 後日談
チリンチリンと、鈴のような音が鳴る。
「お、今日はジャズか。」
「いらっしゃい。・・・今日はまたお揃いで。」
入ってきたのは、店のオーナー含めた常連五人だ。和也がこの店を受け継ぐ前からの、コアな常連の中でも、特にオーナーと仲の良い人たちである。
ただ、昔はバラバラに来ていたのに、最近は特定の日だけ、まとまって来店するようになった。
「今日は透子ちゃんが来る日だろ?」
「・・・午後からですよ?」
まだ昼前である。
彼女と付き合うようになって、和也はバンドをやめて本格的にこの店を受け継いだ。雇われ店長ではあるが、定職に就くのは初めてで、目標もできたので、緊張感をもって仕事に臨んでいる。併設した店ではレコードの買取や販売もしているので、まあまあ忙しい時もあって、休日デートなどはとてもできない。
代わりというわけではないが、仕事が休みの日は、彼女が手伝いに来てくれている。
「わかってるよ。その前に腹ごしらえだ。特製カレー頼む。」
何の腹ごしらえだろうか。
こんな店の常連になるような人たちだから、もともと身なりに無頓着ではないが、最近はより洒落っ気が出てきたような気がする。
「ちょっかい出さないでくださいよ。善意で手伝いに来てくれてんですから。」
「何言ってるんだ。俺たちは和也の応援に来てるんだぞ。」
「そうそう。」
「お前さんだけだと、いつまでたっても話が進まなそうだからな。」
「ほっといてください。」
全員、オーナーと同世代、和也からすれば親世代に近い。親切心からだろうとは思いたいが、こちらはこちらの都合というものがある。何しろ、蓄えがほとんどゼロというところからスタートしている。自分から付き合ってくれと言っておいて、あのままではカッコ悪すぎるというものだ。
「しかしまあ、透子ちゃんのおかげで、この店も明るくなったな。」
「前の魔窟みたいな雰囲気も悪くはなかったが。」
「失敬な。渋いと言ってくれ。」
「しかし、ちょっと整理するだけで、雰囲気変わるもんだな。若い子も増えたじゃないか。」
「中庭も手入れすると広く感じるもんだな。光が入って明るいし。」
オーナーの好みが詰め込まれた店はちょっとどころではなく整理整頓が必要で、関心が薄くてほったらかされていた中庭と店の前は、だいぶ手入れが必要だった。彼女がアイデアを色々出してくれたおかげで、癖の強かった店構えが、いい具合にレトロな感じになり、最近は新しい客や若い子も気後れすることなく入ってくるようになった。
昼時になると、常連じゃない客もちらほら入ってくる。
「ご注文は?」
「あ、オムライスで。あと、コーヒー。」
「どれにしますか?」
「ええっと・・・」
「おーい、オムカレーくれ。」
「え?オムカレーってあるんですか?」
「いや、ないです。」
「オムライスにカレーかけるのでいいからさ。大盛で。」
「え?大盛できるんですか?」
「いや、ホントはないです。」
もともと音楽とコーヒーを楽しむ店だから、ランチのメニューなんて三つしかない。常連の中には、それを好きにアレンジした注文をしてくる人もいる。
「あと、この間のなんとかってヨーグルトをちょっとつけてくれよ。」
「あ・・・じゃあ僕は、大盛カレーライスにカツサンドのカツだけを。」
「いや、まあ、出来なくはないんですけどね。」
時折、新規の客が常連の真似をしてアレンジメニューを注文してくることもある。値段設定をしていないから、お代はその都度適当に頂いていたりするのだが。
「ご注文は?」
「ええっと、私はオムライス。」
「私もそれで。」
店の雰囲気が独特だったから、昔は女性客をたまにしか見かけなかったが、最近は若い女の子も増えた。中には高校生くらいかと思うような子もいる。
その二人組は、前にも見たような気がするが、来店してから何かを気にしてずっと周りをきょろきょろしている。
「あのう・・・」
「はい。」
「今日は、透子さんいますか?」
「もうすぐ来ると思うけど・・・もしかして、お守り?」
「はい。調子を見てもらおうと思って。」
「・・・そう。」
最近店に来るようになった女性客の中には、彼女の“お守り”目当ての人がいる。彼女の親戚にパワーストーンを取り扱っている人がいて、売り物にならない石でアクセサリーを作ってみたところ、若い女の子にうけたらしい。ただ、本人も断言しているが、お守りと言っても気休めだ。にもかかわらず、なぜか一部の女性客の中では、特別な効力があるかのように思われている。まあ、彼女が時々、巫女のような不思議なことを言うからでもあるのだが。
「あの、透子さんて、店長さんの奥さんですよね?」
「・・・へ?」
「私、二人は結婚してると思ってたんですけど、友達は違うっていうんです。」
「いや・・・まだ・・・。」
「え?そうなんですか?」
世の中には、こうした質問を華麗にかわせる大人もいる。そんな芸当が出来ない自分が悲しい。
「でも、彼女さんですよね。」
「ああ、まあ・・・」
「やっぱり!」
途端に彼女たちは目を輝かせて浮き立つように盛り上がった。
「やっぱりお守り効果ですか?」
「う~ん、どうかな・・・?」
「プロポーズは?」
なんという直球を投げてくるのだろう。女子高生というのは、時々恐ろしい生き物である。馬鹿正直に答える必要もないのだが、若い子たちにいたいけな目で見つめられると、期待に反してはいけない気分にもなってくる。
「近々・・・かな。」
やけに盛り上がってしまった女の子たちを背に、疲れた気分でカウンターに戻ってくると、オーナーたちが意味ありげに笑っていた。
「近々、な。」
「言ったな。」
「うるさいですよ。」
ほくそ笑んでいるオヤジ連中がうっとうしい。
「聞いたよな。」
「聞いた、聞いた。」
「私も聞いたわよ。」
「 ・・・凪さん、いつの間に来てたんですか?」
「ランチタイムだからね。ケーキはケースに入れといたわよ。まいど、どうも。」
「・・・ありがとうございます。」
オーナーはティータイム用の菓子類は適当に用意していたが、和也は近所のケーキ屋に安く発注することにした。代わりにランチを提供したり、さりげなくケーキ屋の宣伝をしたりしているので、もちつもたれつである。それは良いのだが、店主の凪は、まだ若い女性なのに、なぜかおじさん連中と気があう。特に和也をからかうことに関しては。
「実際どうなのよ。このままいつまでも進展なしってことはないでしょうね。」
「そのつもりはありませんよ。でも、ここを軌道に乗せるのが先です。」
「二年前ならね、その意見に全面的に賛成だけど、そろそろいいんじゃないかしら。ねえ、オーナー?」
「そうだなあ。堅実に売り上げ伸ばしてるし、初期費用もかかってないわけだし。改装も大部分自力だしなあ。」
「和也がこれほど器用だとは思わんかったよな。」
「まあ、色々仕事してましたんで。」
「だからね。そろそろいいんじゃないかしら。こういうのはね、勢いも大事よ。」
「その通り。お前さんは時に考え込みすぎることがあるからな。」
「そりゃあ考えますよ。」
「まあ、その心がけはいいんだがな。どこかで踏ん切りつけんと、一生このままだぞ。」
「まだ若いから、あと一~二年はいいかもしれんけどな。」
「だめよ。旦那と賭けてんのよ。今年中に結婚してくれなくちゃ。」
「・・・勝手に賭けにしないでください。」
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