第15話

 呪詛の騒ぎは瞬く間に大きくなった。どのような証があったのか、噂以上のものは伝わってこず、敦隆あつたかにも、確かなことは分からなかった。そもそも、確かな証など、なかったのかもしれない。大納言家の門は固く閉ざされ、中と連絡を取ろうにも、わずかな隙もない。程なく、大納言と、左兵衛佐を含めた息子達の流罪や左遷が決まり、左大臣は職を辞した。詳細が分からないことに、本当に大納言が呪詛に関わったのか、疑問視する声もあったが、隠部が絡むため、公にされない部分があることは、公卿の一部しか知らない事であった。

 占部うらべの一部に、秘匿された一族がある。彼らに伝わる特別な能力は、祭祀には欠かせないもので、皇家の威光を保つのに必要不可欠だ。それゆえ彼らは、皇家が占有する隠部とされた。

 古来より、皇家を支え、時に身代わりを務める、陰の存在。隠部からは、歴代の帝の厄を代わりに引き受ける、人形ひとがたが選ばれていた。現在は、東宮にも人形となる隠し巫女がつけられており、それが、どうやら顕孝あきたかの想い人であったらしい。

 左大臣から指示を受けた大納言家は、隠し巫女と情を通じて東宮の護りを弱め、呪詛を行ったと、そういうことにされている。敦隆あつたかが父を問い詰めるように聞き出したあらましは、そんなところだった。

 敦隆あつたかほぞをかんだ。日頃折り合いの良くない兄が、珍しく親しげに声をかけてきて、酒など飲みながら、気軽な話などするから、つい気を許して、顕孝あきたかと糸桜の女の話をしてしまったのだ。その時は、些細な事のように聞き流していたように見えたのに、このような大事に仕立ててしまうとは。これでは、自分が友を売ったようなものだ。

 隠し巫女にしても、兵衛府の顕孝あきたかより蔵人所の自分の方が知らなければならないことだった。糸桜の女が、なぜ一線を越えさせなかったのか、これでようやく合点がいったが、それでも顕孝あきたかは想いを深くしていった。あの二人は、ただ静かに時を共有するだけで満たされるような、穏やかな交わりだったのだ。それさえも断たれねばならないほどの重い罪を、二人は犯したというのだろうか。

 この事態を呼び込んだ自分に、この先、平穏はない。それは、贖罪の思いから出た、確信だった。






「お前さあ、そろそろ電話でもメールでもしてみろよ。」

「いや、でもさ・・・」

 あれからまた何日か経ったが、和也はまだ上條さんとやり取りできていないらしい。その上、気になって仕方がないくせに、相も変わらず自分からは連絡を取ろうとしない。

「いい加減、忘れられるぞ。いいのか?」

 そう言うと、和也はグッと詰まった声を出した。

 いいわけはない。彼女のことが頭から離れないのは明らかなのだ。

 あの二人に任せていたら、何も進展しないに違いない。時間もないのに。

 その焦りは、日を追うごとに強まっている。この焦りがどこから来るのか、なぜ二人のことでこんなにも気が揉めるのか、自分でもよく分からないのだが。

 一樹が神野さんの協力を仰ごうと連絡を取ってみると、すぐに話に乗ってくれた。どうやら、上條さんの方でも、メールを送ろうかどうしようか、ずっと悩んでいて、神野さんも呆れていたようなのだ。メールはもういいから、とにかく周りが背中を押してやらなけりゃならない。本当に昔から焦れったい二人だ。

「・・・むかし?いや、会ったばかりだよな。・・・まあ、いいか。」

 とにかくあの二人には、時間がないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る