第13話

「何だ。それは逢瀬と言えるのか?」

「うるさい。逢えているのだから、良いのだ。」

『糸桜の女』とは、あの樹の下でだけ、会って言葉を交わすことが出来る。供の者達の目があるから、それ以上のことはない。

「せっかく家を突き止めてやったというのに。まだおとないを許してもらえぬのか。」

 呆れたように敦隆あつたかが言うとおり、家を訪れることは出来ていない。それでも、名を呼ぶことは許してくれたし、時には顔を見せてくれることもある。どうやら何か、おとないが出来ぬ事情があるのだということは察せられて、無理に踏み込むことも出来ずにいる。

「もしや、既に夫がいるのか?しかし男が通っている様子はないと聞いたのだが。」

「ああ、そのような者はいないと言っていたが、そんなことまで調べたのか?」

 まるで自分が通う下調べのようだが、敦隆あつたかは単純に楽しそうな顔をしている。

顕孝あきたかがてこずるなど珍しいではないか。興味もわくというものだ。しかしそうなると、隠部というものに係わりがあるのか?結局、なんなのだ?」

「分からぬ。それとなく聞いてみたのだが。どうやら公に出来ぬものらしい。陰陽寮に聞いてみたか?」

「聞いてはみたがな。どうやら、神祇官の管轄らしい。」

 なぜか興味を持って、わずかな伝手から陰陽寮にまで手を広げて、情報を集めてくれた敦隆あつたかであったが、限界があるようだ。

「尼君にお伺いする方が、早いかな。」

 話を打ち切られた時の様子からすると、望みは薄いように思われるが。

「それにしても、未だ文も返してもらえぬとはな。もう文月だぞ。」

「うるさい。逢えているのだから、良いのだ。」





「え?返信来てないのか?」

 コンサートからもう一週間にもなると言うのに、どうやらあの二人がやり取りできていないと知って、一樹は唖然とした。何か、気分を悪くするようなことをしただろうか、と相談されたが、そんなことはないと思う。そして、そんなことをうじうじと何日も悩むのは、和也らしくない。

「電話でもして、次の約束取り付けろよ。」

「いや、次の約束って、なんだよ。そういうんじゃないんだ。ただ、気付かないうちに、何かやらかしたんじゃないか気になってさ。」

「それは、彼女のことが気になってるからだろ。」

「いや、それは・・・。でも、この間が初対面だし。ちょっと、いきなりだろ。」

 焦れったい。

 和也は、割と思い切りのいい奴だ。それなのに、よりによって何でこの件に限って、尻込みするのか。

「いや、いいんだ。やらかしてないんなら。」

 良くはない。この二人は、きちんと向き合うべきだ。このまま終わらせてはいけない。なぜか、そんな焦りのようなものがある。

 冷静に考えれば、余計なお節介だ。でも自分は、二人が諦めてしまうのを、ただ黙って見ていてはいけない。

 それは、確信だった。


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