第10話
興味は特になかった。でも、悪いことした、という負い目もあって、そうは言えなかった。
コンサートなんて、しかもクラシックなんて、本当に全く興味がない。誰か道連れが欲しい。けれど、会社の中にはこういうことに誘えそうなのはいなかった。思い浮かんだのは和也だが、あいつもクラシックには興味はないと思う。
そう思って、ダメもとで誘ってみたら、意外にも二つ返事でやってきた。
「悪いな、急に。」
「いや。俺はいいけど。お前は良かったのか?仕事関係なんだろ?」
「仕事っつーか。成り行きっつーか。・・・お前、クラシックも聞くのか?」
「前は興味なかったんだけどな。バイトで、知らなくて困ったことがあってさ。聞いてみたら、意外にいいなって。」
「へえ。レコード店だっけ?」
「そ。結構こだわりを持ってる客が来るんだよな。」
数日前に会ったばかりだが、あの時と違って、今日はこざっぱりとした格好をしている。アマチュアとは言え、クラシックのコンサートだから、それなりに気を使ったようだ。
「髪、黒にしたのか?」
「というか、斑になってるのも飽きたからな。戻した。染めるのも面倒くさくなったし。」
「うん、だよな。」
伸びる度に染めるのは、結構大変だろう、と前から思ってはいた。数日前の和也は、面倒になったんだろうな、という髪をしていた。
肝心のコンサートは、寝てしまうのではないかと心配していたんだが、普段の音源と違う音や、体に響く振動のおかげで、眠くなることはなかった。どこかで聞いたことのある曲が多かったのも良かったかもしれない。観客は、演奏者の知り合いや家族が多いようで、演奏が終わると受付のホールは一気に賑やかになった。
「どうも。」
「あ!ありがとうございました!お友達の方も!」
取引先の彼女が
「盛況ですね。」
「お陰様で!どうでした?」
期待に満ちた目で感想を求められたら、悪い返事は出来ない。実際、悪くなかった。
「けっこう・・・」
と言いかけたところで、隣でわっと歓声が上がる。どうやら友人グループが集まって、何やら盛り上がっているようだ。
「場所を移して、感想をじっくりと聞かせてもらえません?お茶でも飲みながら。四人で。」
「え?打ち上げとかあるんじゃないんですか?」
「いえいえ。片付けが終わったら自由解散なんで。」
和也と共に、先に会場を出て、時間を潰すように近くをぶらつく。この日は穏やかに晴れていて、ただ歩いているだけでも気持ちがいい。
「割と良かったな。たまにはこういうのも。目新しいというか。」
「そうだな。」
そう言った後で、和也はニヤついた顔をした。
「しかし、なんだな。仕事先の人って、女の人なんだな。てっきり男だと思ってたけど。明るくて、いい感じだな?」
「いや、待て。誤解するなよ?」
「いやいや、してないよ。」
「何だよ、その生温かい笑いは。違うぞ?」
妙な方向に話が転がっていきそうで、慌てて訂正しようとするが、和也は面白がっているようだ。
「前もそう言って、その後付き合ってたよな。」
「いや、ほんと。あん時とは違うから。」
高校の時のことまで持ち出してくるが、本人の前でこんな素振りをされたら困る。一生懸命言いくるめていると、桜の通りに入った。木によってはまだ蕾ばかりだが、全体的には半分くらい咲いている。今日のような日が続けば、三日くらいで満開になるかもしれない。
和也は桜を見ると、口を噤んで少し遠い目をした。和也は、あまり桜が好きじゃない。実のところ、一樹もそれほど好きではなかった。花見は普通にするが、なぜか周りや世間ほどに、浮かれた気分になれない。そうしたところも、気が合ったのだ。
そうこうしているうちに約束の時間になり、店についたのは、
「お待たせしちゃいました?」
「いや。俺達もその辺うろついてたんで。席、あの辺でいいすかね。かず・・・や?」
席につこうとして振り返ると、なぜか和也は少し離れたところで固まっていた。驚いたような顔で、
「おい。和也。どうした?」
目の前で手をひらひらさせると、我に返ったように瞬きをした。振り返ると、
「え?なに?透子、知り合い?」
「あ、いや。」
「ううん。」
軽食をつまみながら、コンサートの事だけではなく色々な話をしたが、横の二人が挙動不審だ。
家に帰った頃に、
そして、ふと思った。
なんで自分があの二人のことでやきもきしているのだろう。
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