第9話

 エレベーターに乗り込んで、階数を示すランプが移動していくのを見ながら、一樹はそっと溜め息を漏らしていた。いつからか、どんよりとした気分に覆われている。

 入社して一年が経った。初めの頃は仕事を覚えるのに必死だったけれど、今はノルマをこなすのに必死だ。目標に達していないと嫌味を言われ、そんな先輩が取引先には愛想笑いでペコペコしているのを後ろで見てげんなりし、デキる同期の姿に焦りを覚える。

 こんなはずじゃなかった。

 そんな思いが常にあるけれど、どんなはずだったのか、ということさえ、よく分からなくなっていた。なぜか急に、昔の親友を思い出して会いたくなったのは、好きなことを追及している和也なら、こういうものから遠いところにいるんだろうな、という羨望を感じたからかもしれない。実際に会ってみると、あいつはあいつで、色々抱えているようだったけれど。

 エレベーターホールに降り立つと、一旦止まって深呼吸をした。最近は、気合を入れないと、オフィスに入れない。

(よし。)

 そう思って、数歩歩いた時だった。

「おわっ!」

 横手から勢いよく飛び出してきた人影とぶつかりそうになって、驚いて立ち止まる。

「・・・え?子供?」

 それが自分の視線よりだいぶ低かったのと、オフィスビルの中に子供がいるはずがないのに、という思いとで、一瞬思考が混乱した。長い黒髪の、小学生くらいの女の子だったようだが、あっという間に角を曲がって消えてしまった。

「きゃっ!」

「え?」

 つい気を取られてよそ見をしていたら、今度こそ人とぶつかった。直後に、その人が抱えていた資料が床にばらまかれてしまった。

「うわ!すいません!ごめんなさい!」

 慌てて搔き集めてみるが、順番は滅茶苦茶だ。謝ろうと顔を上げると、それが知っている顔だと分かった。自分の担当ではないが、うちの会社の取引先の人で、最近よく見かける。多分年は同じくらいで、ショートカットの明るい感じの女性だ。

「すいません。よそ見してしまって。」

「あ、いえ。こちらこそ。」

 そう言いながら、バラバラになってしまった資料を、困った様子で拾い集めている。

(やってしまった。)

 仕事と直接関係はないけれど、最近、色々なことが上手くいっていない気がする。

「うん?」

 一枚だけ、他の資料と明らかに種類の違うものが落ちているのに気づいて、拾い上げてついじっと眺めてしまった。

「あ、それ。」

「え?あ、すいません。」

 きっとプライベートのものだから、じろじろ見ちゃいけなかった。慌てて他の資料と一緒に渡したら、向こうからズイと近づいてきた。目が輝いていて、なんだか雰囲気が変わっている。

「興味、あります?」

「え?え?いや、えと。」


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