第2話
雲の隙間から薄い青空が覗き、時折弱々しい光が差してくる。枯れ枝を曝した街路樹はそれを遮ることなく、地上へと落とす。
芸大のキャンパスを貫く通りの人影はまばらだが、少しずつ緩む寒さに、休日の散歩を楽しむ人の姿も、ちらほら見え始めていた。塀の向こうには蔦の絡まった建物やコンクリートの壁が木の陰に見え隠れし、どこか遠くから、オーケストラの調べが繰り返し聞こえてくる。
「やっぱ、憧れるよねえ。」
友人と連れ立って歩く、ショートカットの若い女性が呟く。
「まだ、入りたいと思う?」
茶目っ気を含んだ笑みで隣を歩く友人を覗き込んでみるが、彼女は、柔らかく微笑みながら、ゆっくり首を振った。背中までかかる髪が、さらさらと揺れる。
「あれだけ頑張って駄目だったんだもの。仕方ないわ。」
芸大に入りたくて入りたくて、一生懸命だった時期があった。自分に出来る努力はしたと思う。一回で入れるなどとは全く思っていなかったから、浪人をする覚悟はしていたけれど、受かるまで何度も受け続ける気力を保つことは、自分には出来なかった。正直なところ、諦めきれない気持ちはまだ残っている。けれど、これが限界だったのだ。今はそう思う。
「それに、出来なくなったわけじゃないわ。結局今も続けてるもの。」
「そうね~。」
二人とも総合大学に入学してオーケストラ部に入り、今に至っている。
「私達って、なんと言うか・・・往生際が悪い?」
「あら、好きなことを続けられるのはいいことよ。」
「ま、そうも言うわね。」
通りを渡って上野公園に入ると、途端に人の数が多くなる。久々に晴れ間のある休日で、家族連れも多い。どこからか集まってくる鳩達が餌をついばみ、時々それを追いかけて小さな子供達が走り回っている。周りの木々はまだ寒々とした枝を空へと差し出していて、芽や蕾は小さく硬く引き締まっている。
公園の中心で吹き上がる噴水が風になびき、細かい飛沫が地面を濡らした。
「あら?・・・」
微かに鼻腔をくすぐる香りを追うように、周囲を見回す。
「どうしたの、透子?」
ショートカットの友人が首を傾げる。
「何の匂いかしら・・・」
「におい?」
不思議そうに辺りを見ていた彼女の視線が向いた先には、焼きもろこしの
「違うわよ。何かの花のような・・・・梅、かしら?」
「あら、風雅ね。
「懐かしいわね。古典なんて高校以来よ。」
「でも、花は見当たらないわねえ。」
再度辺りを見渡した友人の言葉に、透子は頷きながら呟いた。
「・・・・そうね。・・・気のせいだったかしら。」
微かな香りではあった。だがどこか懐かしい、心に残る香りだった。
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