めざせ犬又⑨

 周太郎は次第に息が小さくなってゆくチーの体を優しく撫で、重子はチーのアップルヘッドを愛おしく撫でていた。みゆきはチーのために折ったおりがみをチーの頭の横に置いた。みんな、悲しそうにうつ向いていた。


人間達の背後、リビングの植木鉢のうしろがかすかに光った。

「今なら人間どもは気づかない。行け、アイ。チーの魂を返すのだ。」

猫又のタマにアイはしっかりうなずいた。タマはアイが植木鉢からさりげなくリビングに戻ったのを見届けると猫又道を閉じた。植木鉢の後ろから現れたアイ。アイはしっかりチーの魂をくわえているが人間には見えない。アイはチーの姿を認めると脱兎の如く虫の息のチーに向かって行った。


アイはチーの頭を撫でている周太郎の背中を駆け上ると飛び上がった。

「チー!体に戻れ!ニャァーン!」

チーを取り囲んでいた家族はみんな驚いて上を向いた。

「アイちゃん、なに!?」

ゴチン!

アイは虫の息のチーの頭にぶつかった。その拍子にチーの口へ魂を押し込んだ。

「アイちゃん、何すんの!」

重子がアイを抱き上げた。

「ヤンチャにも程があるでしょ!」

「降ろせ!降ろせ!」

重子はもがくアイを抱き上げたまま、ザビエルのケージの前に座った。

「見てごらんなさい。いつもお祭りみたいなザビちゃんですら神妙にしてるのに、アンタは何⁉」

普段、トロいとバカにしていた重子は泣き腫らした目をつり上げて怒りと悲しみをアイにぶつけた。


「何言ってんの!チーは戻ったんだよ!早く行かなきゃ!」

暴れ続けるアイに引っ掻かれながらも重子は離さない。他の家族は困った顔をしてアイと重子が揉み合っているのを見ていた。


「…あ、ああ!チーちゃんが…」

みゆきが大声を上げた。みんなが一斉にチーを見た。

チーは弱々しいもののうっすら目を開け、側にいた周太郎の指先を舐め始めた。

「チー!」

周太郎がチーの頭を何度も撫でた。重子もアイが逃げ出すのも構わずチーに走り寄った。

「チーちゃん、もう心配したんだから。」

涙で重子の顔はグチャグチャ。でも誰も何も言わない。そんな事どうでもいい。チーが帰ってきてくれたんだから。

みんなに優しく撫でられ、優しく声をかけられた。

アタシ、ここの家族になれたんだ。

チーは味わったことのない温かな気持に包まれ、また眠りに落ちた。


 この日から薄皮を剥ぐように少しずつチーは元気になっていった。季節が変わる頃、もうスッカリ元気になった。アイはチーの隣に座った。

「アンタ、今日から外に散歩に行っていいんだってね。」

「そうなんです。今までお母さんがオムツしながら抱っこして散歩に連れてってくれたけど、やっぱりいろんな匂い嗅ぎたいじゃないですか。それにオムツもホントは嫌なんですよね。」

チーはアイの毛づくろいを手伝って、ペロペロと背中を舐めた。

「ホント、今回はアンタが元気になってくれて良かったわ。そうじゃなきゃ…ねえ。」

「結局、あの後どうなったんですか?」

「蒼汰はアンタがクッションがわりになったから大したこと無かったよ。あの咲子だっけ、蒼汰の母親がお礼に来てたわよ。」

「じゃあバブは?」

チーは蒼汰よりバブが気になり、舐めるのを止めた。


「アンタ、バブは大変だったのよ。咲子はバブを保健所にやってしまえ!って言うし、バブの飼い主のオババは絶対嫌だって大喧嘩になってね。バブは結局、保健所に行かないで、もっとしっかり繋いでおくことになったの。その代わりに咲子とオババは絶交したみたい。あんなにウチのお母さんに意地悪してたのに、あのオババったら最近はウチのお母さんを見たら逃げてくよ。」

アイがザマアミロとばかりに笑った。

「バブが赤ちゃんを襲いたくなったのはオババがバブを放ったらかしにして赤ちゃんばかりかわいがったせいですもんね。」

「そうそう。それに咲子は母親に育児を手伝ってもらえなくなって泣き言の毎日らしいよ。八つ当たりで殺された野良猫の親子もあの世で溜飲さげてんじゃない。」

「それって猫の仕返しですか?」

「犬でも猫でも無茶な事するのは許されないってことよ。」

アイは大きくノビをした。

「アンタ、今から散歩よね。アタシもコッソリついてくわ。」

「じゃあ、またブサ猫が!ってお母さんに言われますね。」

「調子に乗るな!」

キッと睨んだアイにチーは猫パンチをくらった。

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