めざせ犬又⑧

 その頃、重子と周太郎に獣医へと運ばれたチーは緊急手術を終え、ケージに寝かされていた。蒼汰の体を受けたチーはアバラの一部が折れた。その先が内蔵を傷つけていた。

「できることはしました。あとはこの子の生きる力ですね。」

「そんな…」

「今夜が山ですね。」

周太郎は泣き出し、重子は言葉をつまらせた。獣医に連れ帰るかと尋ねられ、重子も周太郎も大きくうなずいた。

「チーちゃん、お家に帰ろうね。」

急変すれば連絡してと獣医に言われ、重子は涙で曇る目をこすりながら車を運転して周太郎とチーを家に連れて帰った。


獣医の言葉をぼんやりと聞いていたチーは思った。

アタシ、もう死ぬんだ。

結局、本当の家族を見つけられなかった。

悲しんでいるとチーは急に息をするのが辛くなってきた。

チーが帰ると家族全員が待っていた。そしてタオルで整えたベッドに横たわったチーを家族みんなが囲む。

アタシ、本当の家族が欲しかったのに間に合わなかった。

チーは心から残念に思った

チーの思いに気づかず重子はチーを優しく抱き抱えた。

「まだまだ死んだらだめよ。もっと長生きして楽しいことを一緒にしようね。」

周太郎やみゆきものぞき込む。


「そうだよ、美味しいものを一緒に食べよう。もっと遊ぼう!」

「まだまだワシのおこぼれを食べるんだろ。死ぬな。」

敏太郎も涙声でつぶやく。大輔も優しくチーを撫でている。


もしかしてアタシ、人間の家族に愛されてる?

もうこの人たちはアタシののお父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、おじいちゃんだったの?

チーは驚いた。

嬉しい。もっと早くにわかっていたら…もう遅いよね。でも死ぬ前にわかって良かった。

チーはかすれてゆく意識の中で夢を見た。



そこはたくさんの猫が集まる屋敷。その真ん中、大きな猫が何匹も輪になっている。そこから一段高いところに光輝く大きな白い猫がいた。

ん?誰?

チーがぼうっとした頭で見るとはなしに見ていると猫達はケンケンガクガク何やら話し合っている。一通り話が済んだのか大きな白い猫がうなずいた。

「お呼びだ。アチラへ。」

隣にいた目つきの鋭い黒ネコがジロリとチーを見た。チーはその白い猫の方へと前に進んだ。猫たちの視線を一身に集め、こわごわ白い猫の前に立った。すると遠くからでは気が付かなかったがアイが頭を下げて白い猫の前にかしこまっていた。チーが上目遣いに白猫を見ると、それはシロガネ。

「アイとお前の作戦は悪くはなかった。だがあの犬は我らの仲間の命の恩人。お前達のせいで人に殺させるわけにはいかなかった。赤ん坊の方は失敗したが、神野親子はひどいケンカをした。前から仲の良い親子ではなかったが、さらにお互いを憎み合うことになった。ということで人を苦しめた事には変わりない。今回は合格とする。」

シロガネは前足を出すと前足の先に丸く輝く白い玉が現れた。

「アイ、前へ。」

シロガネの前に進んだアイの頭にシロガネは前足を伸ばした。白い玉はアイの頭に触れるとシロガネの肉球の形に一瞬光り、音もなくアイの頭に吸い込まれた。

「次、チーよ前へ。」

シロガネはチーを見ると、ニヤリと笑った。

「タマの報告通りだな。大けがをして魂でやって来たということか。修行は始まったばかり。まだまだ死ぬわけにはいかないな。」

シロガネはアイのときよりもはるかに大きな白い玉を前足の先に作った。玉はチーの体全体を包みこんだ。焦るチーは玉の中でキョロキョロと首を振り、見回す。

「心配するな。タマよ、チーの魂を送ってやれ。」

シロガネに呼ばれてタマと呼ばれたいかにもケンカの強そうな目つきの鋭い三毛猫が現れた。

「御意!」

タマはチーの入った玉をくわえるとヒラリと駆け出した。

「待って!アタシも!」

その後をアイが必死に駆け出した。

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