めざせ犬又➆
もうダメだ。
周太郎はキツく目をつぶった。
と、途端に誰かの声が降ってきた。
「アンタ、邪魔!」
「エッ?うわあ!」
振り向く間もなく周太郎は何かに横に弾き飛ばされた。
周太郎が急に上からいなくなり、チーは見上げた。するとアイが横から飛んできて周太郎を突き飛ばすのが見えた。
今がチャンス!
「蒼汰はここだよ!」
チーは大きくワン!と叫んだ。と、同時に上から蒼汰が落ちてきた。
周太郎が弾き飛ばされたおかげでバブの目の前に蒼汰の姿がハッキリと見えた。
「やっと見つけたぜ。」
バブは喜びの色を目にうつした。その時、
バズっ!
バブが蒼汰まであと一歩というところで男物のスニーカーが飛んできてバブの顔に当たった。一同がスニーカーの飛んできた方向を見ると黒のパンツに白、茶、黒のまだらなTシャツの若い筋肉質の男がニヤリと笑った。
「なんだお前は!」
怒ったバブが向きを変え、男に向かって駆け出した。だがバブに向かって駆けてきた男にヒラリとかわされた。咲子と蒼汰、周太郎を背にして立った男は向き合ったバブを睨んだ。その口はみるみる耳元まで裂け、鋭い牙がキラリと光る。瞳孔はみるみる細長くなった。
「あ、お前、人じゃないのか?もしかして猫又?本当にいるのか。」
睨みつけていたバブは戸惑いを見せた。
「この愚か者!人を襲ってなんとする。あの子が死ねばお前も人に殺されるぞ。」
ハッとしたバブは我に返った。とたんに尻尾を股に挟んだ。男はバブの首輪を握ると、みるみる普通の顔になり、咲子達に振り返った。
「犬は飼い主のところに連れて行く。この犬が何故お前の子供を襲おうとしたのか、お前にも思い当たるところがあるだろう。」
男は丸顔で大きな瞳をした端正な顔。威厳のある声で静かに語った。
感謝の言葉を述べようとした咲子は男の言葉に詰まってしまった。
「子供は大したことはないがお前が心配なら医者にみせるがよい。それよりその小さな犬よ。」
男の言葉に周太郎はハッとした。
「チー!大丈夫か?」
タンコブにぐずる蒼汰に乗っかられたチーは弱々しい鳴き声をあげた。
「早う医者に連れて行ってやれ。」
「は…はい!咲子ちゃん、またね。」
周太郎はチーを抱えて大急ぎで家に帰っていった。咲子もそのまま近所の小児科に向かった。
小児科で蒼汰は男の言った通りにタンコブができただけであとはかすり傷だったと診断された。しかし咲子のバブへの怒りは燃え上がった。咲子はプリプリと怒りながら実家の玄関を大きな音を立てて開けた。居間からまみこが慌てて出てきた。
「お帰り。今、逃げ出したバブをイケメンのお兄さんが連れてきてくれてね…」
「ちょっと、お母さん!バブを保健所にやって!今すぐ!」
「なに怒ってんの?」
「呑気ね!バブか蒼汰を襲ったのよ!」
咲子の言葉にまみこはビックリ。
「そ、蒼汰どうだったの?」
「タンコブにかすり傷だけ。」
「ああ良かった。」
まみこはホッとしたように大きく息を吐いた。
「何が良かったよ!蒼汰が噛みつかれるところだったのよ。大けが、ううん、死んでたかも。」
靴を飛ばすようにして脱ぎ捨て、蒼汰を抱き上げた咲子は玄関をドスドスと上がった。
「ちょっと待って。蒼汰も無事だったんだし、逃げ出さないようにしっかりするから、今回は勘弁してやってよ。」
まみこは両手を合わせた。咲子は居間の掃き出し窓から犬小屋にこもるバブを睨みつけた。
「冗談じゃないわ!孫より犬が大事なの?おかしいんじゃない!」
「そんなこと言ってないわよ。なによ偉そうに!結婚してから寄り付きもしなかったくせに。」
「当たり前でしょ。お母さんが近所の人に嫌味言ったり皮肉言ったりして、アタシがどれだけ肩身の狭い思いをしてたか。お母さんにはわかんないのよ。」
「はあ、馬鹿なこと言わないでよ。周りがしょうもない奴ばかりだから仕方ないでしょ。あんたが独立して、お父さんも単身赴任になってアタシがどんなに寂しかったか。アンタこそわかんないのよ!アタシの寂しい気持ちを埋めてくれたのはバブだけよ。蒼汰が生まれたら、面倒見てほしいって急に押しかけるようになったアンタの方がよっぽど勝手よ!」
「…もう、うんざり!」
「ちょっと…
咲子は居間に置いていた荷物を掴むと蒼汰をベビーカーに乗せ、玄関のドアを思い切り閉めた。
まみこは呆然とした。涙が込み上げ目の前がぼやけてきた。
「バブ、お母さんはアンタをどこにもやらないからね。ずっとアタシのそばにいてくれたアンタをどこにもやらないから!」
まみこは居間の掃き出し窓から庭に降り、ワンワン泣きながらバブの首にしがみついた。
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