めざせ犬又④
その頃、近所の鶴丸家をいつもバカにする神野家では夫が長期出張のため、数日前から咲子と蒼汰が帰ってきていた。今までは咲子夫婦が遠くに住んでいたため、なかなか蒼汰に会えなかったまみこは蒼汰にメロメロ。蒼汰が来るまではまみこの愛情を独り占めしていた飼い犬バブは蒼汰がみんなにチヤホヤされているのが大変気に食わなかった。
今朝もご飯を持って来たまみこを見るなりバブは大きく尻尾を振り、飛びついて甘えようとした。
「ワンワン。お母さん、おはよう!」
いつもならここでエサ入れを置くと、まみこはバブの顔を優しく両手で挟んでもみくちゃになで回す。
「アタシのかわいいバブちゃ~ん!今日もよろしくね。」
まみこの優しい声に嬉しくなったバブは大きな舌でベロベロとまみこの顔を舐め回す。至福の一時である。だが蒼汰が帰ってきてからは、至福の時間は無くなった。
エサ入れをバブの前に置くとそそくさとまみこは家に入ってしまう。
「犬はバイキンがいっぱいだからバブを触った手で蒼汰を触らないで。」
実家に帰るなり咲子はまみこに釘を差した。それからはナデナデの時間も激減。散歩も心なしか短くなった気がする。
「蒼汰め、あとから来たくせにお母さんやみんなの俺様への愛情を取りやがって!いつかお前ををやっつけてやる。」
バブはいつか蒼汰をとっちめてやろうと思っていた。
アイは朝ごはんを食べ終え、敏太郎の部屋で毛並みのお手入れをペロペロとしたあと、リビングをウロウロしていたチーを捕まえた。
「アタシは今から神野のオババとバブを偵察に行ってくる。だからアンタはアタシの代わりにおじいちゃんを守るのよ。」
「わかりました。いってらっしゃい、アイさん。」
アイはしっかりうなずくと、チーともう一度敏太郎の部屋に戻った。そしてベッドに飛び上がると敏太郎の腕に飛び込み、頭を何度もこすりつけた。その様子に敏太郎は目を細めてアイを優しく撫でた。
「おお、アイちゃん、おかえり。よしよし。」
「おじいちゃん、アタシ、今からちょっと行ってくるね。帰るまでチーがおじいちゃんを守るからね。できるだけ早く帰ってくるから待っててね。」
かわいい声でニャ~ンと鳴くとピョンとベッドから飛び降りた。代わりにチーが敏太郎のベッドの脇にお座りをした。
「アイちゃんの代わりにチーがワシのそばにいてくれるのかい?頼もしいねえ。」
敏太郎は腰をかがめるとチーの頭を撫でた。
アイは敏太郎の部屋を出るとリビングの観葉植物の鉢と壁の間にできた薄ぼんやりと光る猫又道を駆け抜けた。
猫又道を飛び出すとそこはもう神野家の庭の植木の陰。先日の散歩の時と同じ猫に化けたアイはソロリと影から現れた。それまで不貞腐れていたバブは見たことのない猫が現れたことに気がつき、ムクリと体を起こした。
「あら、気がついたの?さすが番犬ね。」
ニヤニヤしながらアイはバブが飛びつけないぐらい距離を開けたところに座った。
「見慣れない顔だな、お前。」
「そう?アンタが気が付かなかっただけでしょ。それよりさ、アンタんち、人間の赤ん坊がいるんだね。」
赤ん坊の話が出た途端、バブは機嫌の悪そうな声を上げた。
「フン、あんな奴。急に現れてみんな、アイツを構いすぎなんだよ。」
「あらあ、そんなことないでしょ。猫にしろ、人間にしろ赤ん坊ってどうしてあんなに可愛いのかしらね。アタシもあのプニプニのほっぺにツンツンしたいわ。」
アイはバブの前で余裕たっぷりに毛づくろいを始めた。そして毛づくろいが終わった頃、バブを嘗め回すように見た。
「ねえ、アンタどうしてバサバサの毛並みなの?前はもっとツヤツヤしてなかった。」
アイの言葉にバブは悔しそうに顔を歪めた。
「お母さんがブラッシングしてくれないんだ。アイツが来る前は毎日、いっぱいしてくれたのに。昨日、咲子が俺のことを汚いって言ってからはほとんど触りもしてくれないんだよ。」
言葉の最後の方は少し涙声になっていた。クーン、クーンと泣き始めたバブ。でも家からバブの様子を見に来る気配はカケラもなかった。
「そうなの。アンタ、かわいそうね。」
アイは気の毒そうに声をかけた。そうしてしばらく悲しげに鳴くバブを見守っていたアイは立ち上がった。
「また来るわ。アンタ、頑張んなさいよ。」
そしてクルリと背を向けると現れた植木の影に飛び込んだ。バブから見えなくなったところでアイはペロリと赤い舌を出した。
コイツ、使えるじゃない。
さあ、作戦実行ね!
アイは足取り軽く猫又道を駆けて行った。
その夜、重子、みゆき、周太郎は晩ごはんを食べている時、3人がチーとアイを全く気にしていないのをチラリと見て確認したチーはゴロリと寝転ぶアイの傍らに座った。
「アイさん、今日の偵察はどうでした?」
アイはそうよ、と言うと体を起こした。
「思った通り。バブは蒼汰にお母さんを取られてね、かまってもらえなくてカンカン。ブラッシングもしてもらえなくてちょっと可愛そうなぐらいよ。」
毎日、重子からかわいいね、好きだよと優しい声をかけながらブラッシングしてもらっているチーは複雑な気持ちで話を聞いた。
「そうなんだ。アイツ、偉そうだけどかわいそう。」
「そうね。でもアタシたちのために頑張ってもらわなきゃ。」
「どういうことですか?」
アイの言葉の意味が分からずチーはキョトンとした。
「フフ、アンタはどれだけ可愛がられているかバブに会うたびに言うの。たっぷりとね。バブを悔しがらせるの。」
「アイさんは何をするんです?」
「ウフフ、内緒。またポイント稼いじゃうわ。」
アイは嬉しそうにブツブツ言いながらタンスの上にヒョイと登った。チーはわけがわからず首をひねった。と、その時、みゆきの箸から炒めた肉がポロリと床に落ちるのが見えた。
「お肉〜!」
チーはみゆきの足元めがけて猛ダッシュした。
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