めざせ犬又⑤
「行ってきます。」
まみこはバブを連れて夕方の散歩に出た。最近は蒼汰、蒼汰と忙しいまみこもこの時間だけはバブだけを見てくれる。
「さあ、バブ行こうか。」
久しぶりに頭をヨシヨシと撫でてくれるまみこにバブは満足気にワン!と返事をした。
「バブ、咲子がねえ、うるさいんだよ。今時は育児法が違うってすぐ怒るのよ。それにちょっとご近所の人に本当のこと言ってやっただけで、そんなこと言わなくていいでしょ!ってギャーギャー言うのよ。大学出してやったら寄り付きもしなかったくせにね。親をなんだと思ってるのかね!」
いつもならハイハイと聞き流すまみこの愚痴も今日は熱心に聞くバブであった。
「そうなんだ。お母さんはいつも正しいのにね。咲子のバーカ!」
バブは嬉しそうに尻尾をブンブンと振り、ルンルンで散歩を楽しんだ。
「あら、今日は聞いてくれるのね。おりこうちゃん!」
まみこも嬉しくなってしゃがみ込むとバブにギュッと抱きついた。
「ああ、お母さん、大好き!」
バブは久しぶりに至福の一時を味わった。
ご機嫌の2人がいつもの散歩道を歩いていると顔なじみの家の前に差し掛かった。まみこは庭を掃いている知人に声をかけた。まみこが近所の人と話し込んでいる間、バブはまみこの後ろでウロウロしていた。
「おじさん。元気?」
声がする方向を見ると昔、助けた黒猫のアンがやって来た。アンは野良の仔猫だった時にカラスに襲われていたのを散歩中のバブに助けてもらい、そのまま、まみこに獣医に連れて行かれた。そして獣医の「子猫いりませんか?」のチラシでやって来た近所の猫好きの家に貰われて家猫になったのだった。
「アンは元気か?」
「ウン!」
アンは久しぶりにバブが明るい顔をしているのが嬉しかった。アンはバブに甘えて体を何度もこすりつけた。
「ねえおじさん。聞いてよ!この間、本物の猫又が集会に来たんだよ。」
「猫又?ふふ、そうか良かったなあ。」
バブはアンの話を微笑ましく聞いていた。
「あー信じてないでしょ?本当なんだよ。長老がうやうやしくお相手してたもん。猫又さんは普段は猫をいじめる悪いやつのことをやっつけてくれてるんだって。今回はうちの近所に猫又修業しているのがいるから協力してくれって、言うために来たんだって。」
バブはアンを舐めてやりながら尋ねた。
「へえ。それで猫又とやらはどんな感じだった?」
「えっとね、タマさんっていう三毛猫。ムキムキじゃなくて、細マッチョだってお姉さんたちがキャーキャー言ってた。目つきの鋭いイケメンだったよ。」
「そうなのか。お前、いいもの見たなあ。」
「ウン。」
うなずいてアンはバブの脇の下に頭をこすりつけ嬉しそうに甘えた。
まみこのおしゃべりが終わり、バブの散歩が再開した。まみことバブが公園に到着。久しぶりの公園。バブは頭を低くして思い切りクンクンと匂いをかぎはじめた。すると覚えのある匂いがする。
これは?チーだ。
チーが近くにいることに気が付き、バブはまたからかってやろうとチーの匂いを辿って行った。
「こらこら、そんなに引っ張らないで。」
グイグイとバブに引っ張られた先にまみこは鶴丸重子が犬を連れて歩いている後ろ姿が見た。
「あらー、鶴丸さんじゃない。」
嫌な声に重子が振り返るとまみこが駆け足のバブに負けじと急いでやって来る。
アチャー。
しまったと思ったもののもう遅い。重子はまみこに捕まり、また自慢話と嫌味の連打を受ける羽目になった。
バブはチーがヘンテコな服を着ているのに気がついた。
「チーだっけ?まだいたのか?それにしてもなんだ変な服だな。フリフリが斜めになってるぞ。それに縫い目がバラバラだぞ。」
バブはプッと吹き出した。それを見て、チーはムッとした。
「この服はね、うちのお母さんがアタシのために作ってくれたんだから。手作りなんだよ!アンタなんかこんなことしてもらったことないでしょ?」
「そんなできそこないの服要らないよ。」
バブはニヤニヤしながらチーを見た。よく見るとカットしてもらったのかこざっぱりしている。しかも毎日ブラッシングをしてもらってるようで以前より毛並みにツヤ感がある。
な、なんだコイツ。大切にしてもらってんのか?
バブが自分の姿に目を見張っているのに気がついたチーはここぞとばかりにバブに自分の姿をよく見せた。
「ウフン、毎日お母さんがブラッシングしてくれるの。アンタ、いつもバサバサね。」
チーはいじわるな目をしてバブを下から見上げた。
「お洋服だって他にも何枚もあるんだよ。アンタは何枚持ってるの?」
バブは言い返そうとしたがチーのツヤツヤした毛並みを見ていると言葉が出てこなかった。悔しそうにチーを睨むバブ。
勝った!
チーは勝利を確信した。
もうバブに用はない。チーは重子を見上げると可愛くワン!と鳴いた。そして先へ急ごうとリードを引っ張った。
「あらあら、お散歩したいわよね。じゃあね。」
まみこに今日もいいように言われてムカムカしていた重子は、チャンスとばかりにまみこに手を振った。
「ちょっと!…まあいいわ。行きましょバブ。」
さんざん皮肉を言えたまみこはかなりスッキリ。うなだれるバブには気づかず、まみこはバブを引きずるように散歩を再開した。
家に帰り着いたまみこはバブを犬小屋に繋ぎかえ、新しい水に取り替えると声もかけずに家に入ってしまった。以前ならここでブラッシングしたりいろいろ話しかけてくれたのに。バブは前足に顎をのせ、不貞腐れたかのように小屋の前でゴロリと体を横たえた。
トントン。
バブは肩を叩かれて目を覚ました。
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