猫又への道④

「おじいちゃん、大丈夫?」

重子と周太郎が敏太郎に駆け寄った。

「お母さん、救急車呼んで!」

周太郎の言葉に重子はテーブルの上のスマホを手に取った。119番をかけ、救急につながるが慌ててなかなかうまく話せない。それでもどうにか伝えた。

「もうすぐ救急車来るよ。救急車のサイレンが聞こえたら周ちゃん、玄関から表の通りまで出て、救急車呼んで!」スマホを切りながら重子は周太郎に頼むと重子は敏太郎に駆け寄った。

「おじいちゃん、もうすぐ救急車来るからね。」

敏太郎に声をかけ、時計を見た。

「あー!周太郎、試験行かなきゃ!」

「あ、あ、うん。でもおじいちゃんをこのままほっとけないよ。」

周太郎は苦しそうに顔を歪めた。

「アンタ、上着着て、リュックを玄関に置いて、とりあえず行ける準備だけやっときなさい!」

周太郎は敏太郎を振り返りつつも重子の言葉に従った。上着を着て、玄関にリュックを置いたところで聞こえてきた。


ピーポーピーポー!

弾かれたように周太郎は玄関から飛び出した。表の通りに出ると救急車が見えた。

「こっちでーす!」

周太郎は救急車に見えやすいように大きく手を振った。


周太郎に導かれて救急車は鶴丸家の前に止まった。

「こっちです!リビングです!」

周太郎が玄関からリビングにつながるドアを開けた。担架を持った救急隊員が玄関からリビングへと入って来た。だが敏太郎を担架に乗せようとして救急隊員の足が止まった。

「シャーッ!」

救急隊員、重子、周太郎と敏太郎の間に牙をむいたアイが立ちはだかった。

「すみません、猫を退かせてくれませんか?」

救急隊員が困って重子と周太郎を見た。

「アイちゃん、あのさ、おじいちゃんを病院に運びたいからちょっとどいてくれる?」

周太郎がアイをどかせようとするとアイはすばやく猫パンチを繰り出し、鋭い爪が周太郎の右手の指先を切り裂いた。ポトリ、ポトリと赤いしずくがフローリングの床の上に丸いシミを作っていった。

「痛ってえ!」

周太郎は左手で思わず右手を押さえた。

「周ちゃん、それ利き手じゃないの!字がかけなくなる!」

重子は慌てて絆創膏を取りにリビングの隅に置いてあるサイドボードに駆け寄った。



 孫の世話に昨夜から娘の家に駆り出されたケアマネジャーの桃山マリコは今朝、お役御免となった。娘の家からなので今日はいつもの通勤の道ではなく担当の鶴丸敏太郎の家の前の道を歩いていた。なにやら近所の人がチラチラと鶴丸家を見ている。救急車が家の前に止まっている。

アチャ!鶴丸さんちのおじいちゃん、なんかあったのかも!

桃山は小太りの豊かな体を揺すって小走りで鶴丸家の玄関に駆け込んだ。

「おはようございます!大丈夫ですか!」

桃山は構わず玄関を上がり、開かれたままのリビングのドアからリビングへと入っていった。リビングの隅、2階に上がる階段の前に重子、周太郎、数名の救急隊員が固まって立っている。その足元に敏太郎が苦悶の表情で転がっているのを桃山は見た。


「敏太郎さん、どうしたの?」

急に入って来た桃山の大声にリビングにいた全員が振り向いた。

「あ!桃山さん、実は…」

その場の全員が困った顔をしている。

「ちょっと、早く敏太郎さんを運んでくださいよ!」

桃山が敏太郎に近づこうとしてハタと止まった。

「シャー!」

鶴丸家の猫、アイが敏太郎に触れさせまいと唸り声を上げている。

「近づこうとすると爪でやられるんです。」

周太郎が絆創膏を巻いた指先を見せた。絆創膏は赤いシミがはっきりと見え、結構出血しているよう。床にも周太郎のものか、血のシミがついている。


あらあ、困ったわ。

桃山も困った顔を一瞬見せたが、すぐ不敵な笑みを浮かべた。

そういえば、あれがポケットにあったはず。桃山はジャンパーのポケットをまさぐった。


救急隊員が棒を探し始めた時、桃山がひときわ大きな声で叫んだ。

「アイちゃ~ん、これ何かなあ?」

桃山はポケットから何かを取り出すとアイによく見えるように手に取った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る