猫又への道⑤
「シャーッ!…ウニャ?」
目を三角にして威嚇していたアイは目の前の桃山が手にしたものを見た。
オヤツか?
アイは怒るのを中断した。それを見た桃山は不敵な笑みを浮かべながらその小さなものの口を切った。
「何かな、何かな?アイちゃん、我慢できるかな〜」
ウニャ!マグロのちゅーるん!
なかなかオヤツに出ないやつじゃんか!!
「ニャ~ン!」
一声大きく鳴くとアイは先程の怒りはどこへやら、ちゅーるんを持つ桃山の手にしがみつき、必死に舐め始めた。桃山はソロリソロリとリビングの反対側の隅へ動いて敏太郎からアイを離した。桃山はニコニコしたまま静かにみんなに声をかけた。
「今ですよ。」
その声を合図に救急隊員ができるだけ音を立てずに敏太郎を担架に乗せ、玄関から出て行った。重子が敏太郎に付き添って救急車に乗るのを見送った周太郎はリビングに戻って来た。
「桃山さん、ありがとうございました。」
ホッとした周太郎が桃山の隣に座った。
「今日は訪問の日でしょ。だからアイちゃんに今日こそはちゅーるんをあげようと思って用意してたのよ。まさか、こんなふうに役だつなんてね。」
ネコ好きの桃山は訪問のたびにいつもアイのあごの下をくすぐり、アイも目を細めてころごと喉を鳴らすのであった。
残りがほとんど無くなったちゅーるんを必死に舐めているアイを周太郎が微笑ましく見ていた。その時、桃山はハッとした。
「ちょっと、お兄ちゃん、学校行かないと!」
「僕、受験だった!」
ちゅーるんをアイに任せて、大慌ての周太郎がカギを締め、桃山と家を出ていった。
アイはちゅーるんをしつこく舐め続けている。チーは呆然とそのさまを見ていた。
「これがアイさんの本気なんだ。猫又ってすごい…」
するとささやく声がした。
「アイツ、もうこの家は出禁だにょ。」
気がつくとザビエルがチーの隣に立っていた。
「アンタ、いつの間に?出禁って何?」
「出禁は出入り禁止。つまりこの家にはもう入れてもらえないってこと。」
「なんで?」
「おじいちゃんに大怪我させたんだにょ。みんな許さないにょ。」
「そんな!アイさん、野良からやっと家ができたのに。ちゅーるんだって家猫が美味しそうに舐めてるのをずっと羨ましく思って外から見てたんだよ。」
「だけどおじいちゃんにあんなことして。おじいちゃんはアイにイジワルしたのかにょ?」
「…全然してない。でもアイさんは人間にいじめられて殺されたんだよ。立派な猫又になるには人間をやっつけないといけないから仕方ないんだよ。」
「そんならいじめた奴をやればいいにょ。アタチの大好きなおじいちゃんに、ここんちの人間にイジワルするなんてダメだにょ!」
ザビエルはチーを置いてケージに歩いていった。ハンモックに潜り込む前にチーをジッと見た。
「アンタもやっと見つけたお家なんだにょ?考えて動いた方がいいにょ。」
チーは頭を叩かれた気がした。
そうだった。確かにブリーダーのじいさんは憎い。でもここの人たちは関係ない。ここの人たちを怪我させたら自分はこの家を追い出される。そうなったら、自分はどうなるのか?
ちゅーるんを舐め終わって、ゴロンと横になったアイを見た。
アイは猫又だからこの家を追い出されてもやっていけるだろう。でも自分は…
クゥーン。小さな声でため息を漏らし、チーもケージのベッドに伏せた。
一仕事終えたアイは疲れてゴロリと横になった途端に眠ってしまった。
どれだけ時間が経ったのか、静かな声が聞こえてきた。
アイ、アイ、起きよ。
その声は次第に大きくなり、アイはとうとう目が覚めた。
アイは首だけ起こし、前後左右を見た。ザビエルはハンモックの中。チーもうたた寝をしている。誰も声を上げていなかった。
誰?
アイが首をひねった。
早くシロガネ様のところに来い!
耳の奥で一喝された。
アイは驚いて飛び起きるとリビングの隅に置かれた背の高い観葉植物の鉢と壁の隙間に現れた薄ぼんやりとした光の中に一目散に飛び込んだ。
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