第35話 初めての経験③
初めての経験③
「ねえ、アタシ、飼い主の人間に捨てられたの。アンタもでしょ?あたしたちどうなるんだろうね?」
「何いってんの?これだって飼い主がわざわざお金払ってんの。捨てる犬にこんなことをしないよ。」
「アタシたちは捨てられたんじゃないの?」
「アンタ、シャンプー、カットは初めてなんだね。シャンプー、気持ちよかったでしょ?アタシたちは飼い主に愛されてるんだよ。」
「そ、そうなの?」
チーは驚いて目を丸くした。すると店の人がポメラニアンをケージから出した。
「お母さんが迎えに来たよ。さあ帰ろうね。」
ポメラニアンはケージ越しにチーに小さく吠えた。
「もうすぐアンタもお迎えが来るよ。」
ポメラニアンはカウンター越しに優しそうな飼い主の女に手渡された。
「可愛くしてもらったね。」
飼い主の女はポメラニアンの頭を、愛おしそうに優しく撫でて店を出ていった。
「本当に?お母さん、迎えに来てくれるの?」
チーが信じられない思いで待っていると、バタバタと重子が店に入ってきた。チーもケージから出され、重子に手渡された。
「チーちゃんべっぴんさんになったね。」
「フン、アタシを捨てようとしたくせに。」
飼い主さんが迎えに来ると大喜びする犬が多いのにシラッと重子を見るチーに店の人は苦笑い
「あら?お母さんに置いていかれたと思っちゃったかな?初めてのシャンプー、カットだもんね。」
冷たい目で重子を見るチーの眼差しに全く気づかず、重子はご機嫌で家に帰った。
「ただいま!」
キャリーから出されたチーはリビングの床に一歩踏み出した。
「家?本当に帰ったの?」
キョロキョロと見回す。重子の大きな顔の後ろに見えるのはおなじみのリビング。
「あ? 帰って来た。本当に!」
チーはクンクンと匂いをかぐと初めてリビングを駆け回った。
「帰ってきた!アタシ、捨てられたんじゃなかった!」
「あらあ、シャンプー、カットでいっぱい我慢したんだねえ。かわいそうに。」
狂ったように走り回るチーを見て重子は憐れむように言った。
「ザビエル、今ならチーが遊んてくれるぞ。」
周太郎はすかさずザビエルを放った。
「チー、アタチと遊ぶにょ~!」
ザビエルにアタックされてチーは我に返った。チーが逃げ、ザビエルが追いかける。
「みんな仲良しで良かったわ。」
重子はつぶやいた。
ある日のこと、ケージから出してもらったザビエルはいつものごとく走り回っていた。
「お兄たーん。あれ?どこ行ったの?」
周太郎を探してザビエルは走るのをやめアチラコチラをのぞきながら歩き始めた。するとこの間まで廊下に置いていた段ボールがなくなり、かわりに衣装ケースが置かれていた。
パシャン。水がはねる音がした。好奇心でいっぱいのサビエルは伸び上がり、衣装ケースを上からのぞいてみた。
何じゃ、この黒いの?
じっと見ているとザビエルに気がついた亀がいきなり頭を引っ込めた。
ハニャ!コイツ、首がなくなった!
意表を突く展開に腰を抜かすザビエル。ザビエルは亀が首を引っ込めるのを見て驚きひっくり返るもののすぐクククと大喜び。
ザビエルがもう一度亀を見ると、また驚いた。
首が生えてる!
ザビエルは亀が首を伸ばすのを見て、またもや驚いてひっくり返ってはクククと大喜び。ザビエルはこれを飽きもせず何度も繰り返していた。
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