第32話 鶴丸家⑫

鶴丸家⑫

「まあ!ウンチなんて失礼な奴!ねえアンタ。」

アイがチーに呼びかけようと下を見ると、周太郎の声にムクリと頭を上げたチーが怒りもせず、周太郎にハイハイと言いながら向かって行った。

アイはその姿に驚き、チーに猫パンチを数発食らわした。ビックリして転がるチーにアイは言い放った。

「アンタ、なんでウンチなんて呼ばれて行くの!これじゃあ、誇り高い猫又になれないじゃん!」

「いえ、あの、これもアタシの名前なのかなと思って‥」

チーとアイが遊び始めたと思い、周太郎はダイニングに行ってしまった。


アイに怒られてチーはシュンとなり、ベッドで丸くなった。アイはソファに戻ってオヤツの続きをかじりながら思った。

おバカはコイツもなの?

こんな奴の面倒みて、アタシ、ポイント稼げるん?

猫又の上のクラスに入れるん?

アイはオヤツのことも含めて今まで以上に足繁くチーの様子を見なきゃと思った。



 その夜、いつものように敏太郎が早めに夕食を取っていた。その姿を認めてチーは敏太郎の足元に駆け寄った。

「おじいちゃ〜ん!」

おねだりするときのチーの目はまん丸で少し潤んだようななんとも愛らしい。


「おお、チーか。ご飯が欲しいんだな。ヨシヨシ。」

敏太郎はニコニコと唐揚げを小さく噛み切り、足元ておりこうに座って待っているチーにくれてやった。チーは大喜びで唐揚げにかぶりついた。

「おじいちゃん、美味しい!」

もっともっとと立ち上がって唐揚げをねだるチーに敏太郎は自分の分の唐揚げをいくつも分けてやった。人間の中でご飯を分けてくれるのは敏太郎だけ。チーは可愛らしい顔で、おじいちやーんと甘えていた。


おじいちゃん、大好き!と甘えていたチーもたくさんの唐揚げを食べているうちにお腹が膨れてきた。

「ああ美味しかった!」

お腹が膨れるとチーは改めて敏太郎を見た。

「あれ?コイツ、アタシたちをいじめたブリーダーのジジイに似てる。え?本物のブリーダーのジジイ?」

そう思うと身の内から怒りが込み上げてくる。そして溢れ出た怒りはもう抑えきれない。


チーは今までの態度を豹変させた。

「ジジイめ!許さない!」

チーは牙を剥き敏太郎に唸り声を上げた。

「なんだ?あれだけ唐揚げをやったのにワシに牙を向くとはこの恩知らずめ!」

敏太郎は噛みつこうとするチーの頭を丸めた新聞紙で叩こうと何度も新聞を振り回した。

「なによ、クソジジイ!」

たまらずチーは退散。チーと敏太郎は毎日、食事のたびに、これを繰り返した。

「おじいちゃん、毎日チーとやりやってるけど、それでもご飯を分けてあげるの?」

呆れた重子は皿を洗いながら敏太郎に尋ねた。

「ムウ、腹は立つけど、ねだるときのチーはめちゃくちゃカワイイからなあ。つい忘れてしまうんだな。」

「チーちゃんのブリーダーさんは高齢でリタイアした男の人だったらしいからおじいちゃん見てるとおもい出すのかもね。」

重子の話に敏太郎は箸を止めて振り返った。

「そうなのか?だから腹が膨れて落ち着いてきたら、そいつとワシを勘違いするのか。それも哀れな話だな。」


怒っていた敏太郎は食べ終わるとケージの中からうらめしそうに見上げるチーの前に立った。

「馬鹿チー。いい加減にワシを覚えろ。」

「なによ、ジジイ!」

ケージ越しに立ち上がったチーに敏太郎は腰をかがめた。

「お前がワシを覚えるまでご飯を分けてやるからな。安心しろ。また明日な。」

去り際にニッと笑った敏太郎はポケットから出したお菓子のかけらをチーの前に転がした。

「おじいちゃん、チョコじゃないでしょうね?チョコはだめなのよ。犬は死ぬのよ!」

慌ててそばに来た重子に敏太郎は手を振った。

「大丈夫、チョコじゃない。」

「だったらいいけど、人間の食べ物は犬には良くないからあんまりあげないで。」

ハイハイと軽く流してリビングを出ていく敏太郎の後ろ姿をチーは不思議な思いで見送った。

似てるけどジジイじゃないの?

人間のジジイもいろんなのがいるんだ。

じゃあこれも食べて大丈夫だよね?

チーは敏太郎がくれたお菓子をかじった。



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