第15話 新たな世界へ⑮

新たな世界へ⑮


思わず目をつぶったチー。ところが固い床に当たるどころかフワリと体が持ち上がった。

「危ないよ、チーちゃん」


お母さんの騒ぐ声でバスタオルを持っていたハルカがうるさいよ!と言おうと振り向いた。そしてすんでのところでハルカがバスタオルにチーを受け止めたのだった。


「え?お姉ちゃんが助けてくれたの?」

ビックリまなこのチーを見てハルカは苦笑い。

チーはハルカに抱っこされてケージに戻された。

「チーちゃん、ヤンチャだな。ここ入っといて。」

ケージのベッドの上に置かれてチーはようやくわれにかえった。


「あのね、あのね、お姉ちゃん。アタシ…」

チーが言葉をかけようとするがハルカはサッサとケージの扉を閉めてしまった。

「お母さん、これからは私が出かけるまで犬、出さないで。」

ハルカはお母さんに言うとバタバタとシャワーを浴びにバスルームに駆け込んだ。


お姉ちゃん…クーン。

バスルームから出てきたハルカは駆け足で2階に上がり、降りて来た時はすっかり出勤用の服を着ていた。テーブルの朝ご飯を慌てて食べるとバッグを手にリビングのドアをバタンと閉めてしまった。

「行ってきます。」

声が聞こえたと同時に玄関のドアがバタンと閉められた。ハルカはチーに目もくれず、声もかけずに行ってしまった。


「ホント、朝は戦争ねえ。」

お父さんも送り出したお母さんはポツリとつぶやいた。フードを用意したお母さんはまず、モコへフードを持ってきた。モコはフードをパクパクと食べ始めた。そしてお母さんはケージの扉を開けて、チーの前にフードの入った入れ物を置いた。チーはお母さんを見た。

「チーちゃん、どうぞ召し上がれ。ハルカと遊びたかったの?朝はみんな忙しいからごめんね。」

お母さんはチーに微笑むと扉を開けたままキッチンへ戻って行った。


苦い思いを抱えたままチーがフードを食べているとモコがやって来た。

「朝はバタバタしてるからお父さんとハルカが出て行くまでじっとしていた方が良いよ。でないと、アタシたちも蹴られるし、お父さんたちも転んでケガするから。」

モコはそれだけ言うとお母さんのもとへトコトコと歩いて行った。


「でも、でもアタシにはお姉ちゃんしかいないんだもん…」

チーはフードの入れ物をペロペロ舐めてきれいにした。お母さんは朝ごはんの片付けや洗濯、掃除と忙しそう。チーは気を取り直してケージから出るとクンクンと匂いを嗅ぎながら昨日まだしていなかったリビング探検をした。いろんな匂いがする。施設の中では嗅いだことのない匂い。人間の食べ物の匂いや部屋にあるいろいろなものの匂い。これが普通の人の家なんだ。不思議な気持ちがした。


「さあ、お散歩行こうか、チーちゃんも。」

チーが熱心に匂いを嗅ぎまわっていた間にいつのまにかお母さんは朝の片づけを終えていた。モコはピンクの地にレースのフリルが前足の付け根とお腹から腰にかけてたくさん縫いつけてある可愛らしい服を着せてもらっていた。フワフワのモコをより一層可愛らしく見せている。お母さんはキラキラがついたモコの首輪にリードをつけるとチーの首輪にもリードをつけた。


お母さんは2匹を次々と玄関から出した。前田家の庭は広くはないがよく手入れされているようで色とりどりの花が咲いていた。チーはいろんな花の匂いにビックリして嗅ごうとした。

「チーちゃん、お花はそれぐらいでね。さあ行くよ。」

お母さんは門の外に2匹を連れ出した。


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