第5話 新たな世界へ⑤

新たな世界へ⑤


リーダーが頭を下げ、やり合った女がバンの方へ移動し、女の団体の代表が謝罪したことで立花と呼ばれたブリーダーの男は振り上げた腕を下ろした。

「俺は外に行くわ。」

ブリーダーの立花が小屋から出るとさっきまで騒いでいた犬達もすこし落ち着きを取り戻した。ケージに噛み付いたミルクティー色のチワワも低く唸り声をまだ上げてはいたがケージから牙を外した。


「おばさん、大丈夫なんだろか?」

いつも辛くて泣いているとおばさんは優しく励ましてくれた。おばさんは小屋中の犬達をいつも励ましてくれた。おばさんは小屋中の犬達に母親のように愛されていた。ミルクティー色のチワワにとってもおばさんはお母さんのような存在だった。


ガタン。おばさんのことを考えていると足元が揺れた。ケージの入り口が開けられ、リーダーの男が顔をのぞかせていた。

「チワワちゃん、君の番だよ。」

男はミルクティー色のチワワの方に拳をゆっくりと差し出し、自分の匂いを嗅がせた。


チワワが少し安心すると顎の下や首を優しく触れた。チワワは驚いて体を引こうとしたがその前に男の手は優しく撫で始めた。人間に撫でられたことなんてなかった。撫でられるって心地良いんだ。チワワは初めて知った。


チワワが唸るのをやめ、大人しくなると男はチワワをケージから出し、優しく抱き上げた。

「さあ、おいで。」

ケージからケージに移された。今までのケージと異なり、移った先のケージは清潔だった。なんの匂いもしないケージにチワワは驚き、くんくんと匂いを嗅ぎ回った。


「馴染みの匂いがしないと落ち着かない?」

リーダーの男、自らミルクティー色のチワワのいるケージを持ち、一台のバンの方へ向かった。初めて見る小屋の外の世界。ミルクティー色のチワワはドキドキしながらキョロキョロとあたりを見回した。


そうしているうちに一台のバンの荷台に乗せられた。クンクンと匂いを嗅いでいるうちにハッとした。この匂いは?!おばさんの匂い。そしてシロガネの匂い。

「あ、おばさん?シロガネさん?」

ミルクティー色のチワワはガリガリと横の壁を引っ掻いた。


「あ、アンタもこの車なの?リルは痛みで体を動かせないの。」

シロガネの声が聞こえて来た。

小さくうめく声が聞こえて来た。

「…同じ車に乗れたんだね。…よ、良かった。」

リルは声も絶え絶えに返事をした。

「おばさんと一緒で良かった。」

ミルクティー色のチワワは少しホッとした。と同時におばさんの具合が気になった。


「シロガネさん、おばさんの具合はどうですか?」

「骨折は無さそうって人間が話してた。でも…」

「でも?」

「こんなにつらそうにしてる。さっきから舐めてるんだけど、血は出てない。打撲がきついと思う。」


ミルクティー色のチワワは目の前でおばさんが女の腕から放り出され、床に叩きつけられたこと、そしてブリーダーのじいさんに蹴り上げられたことを思い出した。

ギャン!というおばさんの悲鳴。思わず身震いをした。おばさん、しっかりして。ミルクティー色のチワワは悲しげな声を上げた。


しばらくすると隣からスースーと寝息が聞こえてきた。ミルクティー色のチワワは小さな声で聞いた。

「おばさん、寝ちゃった?」

「やっとね。」

シロガネが落ち着いた声でこたえた。


スタン。バンから飛び降りたシロガネの返事と同時に足音がして、人間が現れた。リーダーの男とメガネをかけた女。あと若い男と女。皆、揃いのTシャツを着ていた。4人は荷台のケージを確認すると扉を閉めた。バンに乗り込むとリーダーの男が言った。

「じゃ、行くか。」

ブリーダーの立花に窓から挨拶をするとバンは山道を走り出した。


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