鍵の開かない本【No.1 リコリン】

無名乃(活動停止)

 



「オマエ、本当に……警察か?」


「あぁ、の味方さ」



          *



 池袋に多くあるコンカフェ。そこに『好事家カフェ』という場所がある。予約制で会員制のため中に入りづらいと噂もあったが店内は書斎をイメージしており、壁には本がズラッと並べられた本棚。

 1チャージ(一時間)制ワンドリンクで800から1000円とメニューで金額が異なるが常連である白石しらいし 和也かずやは慣れたように本棚から本を選び、ブラックコーヒーを口へと運びながら『猛毒の本』をペラリ、ペラリと巡る。


「カロライナジャスミン、ゲルセミウム。へぇ……興味深い」


 和也が楽しそうに微笑みながら読書をしていると給仕をしている中年の男性は静かに口を開く。


「やはり貴方は【】がお好きなようで。警察署から情報を抜き、売ったりしてるそうじゃないですか。それに、かなり本屋に立ち寄っては何かを探して。見つからないからと此処に来るとは――なんとも悪い子ですね」


 男性の言葉に和也は一瞬動きを止めるも聞かぬふり。すると、構ってくれないことに苛立ったか男性は咳払いして口調を乱す。


「まぁ、貴方――じゃないな。オマエにとって此処が本屋の代わりの図書館みたいなもんだろ」


 なんて、勝手に喋りだしては和也の気を引いてくる。


「サツのくせに


「それはそれで悪くない。給仕、この本が気に入った。この毒についてもっと知りたい。相手してくれ」


「は? っか、給仕じゃなくて高島たかしま 恭一きょういち。お前と話すと敬語が気持ち悪くてたまらない。で、何が知りたいんだ?」


「即効性あり、確実に殺したいやつがいる」


 和也の言葉に恭一は本を取り上げ「また殺しか。懲りないな」と腕を組む。続けて……。


「んーだとするとゲルセミウム・エレガンスが確実に良いが入手困難だからな。この店の裏路地に花屋のお得意先がある。今あるか聞いてみる」


「花屋?」


「あぁ、悪友さ。ディープネット、ダークウェブ。お前と同じ系列で知り合った奴」


 恭一はスマホを取り出し花屋に電話をかける。


「あーもしもし。華ちゃん、あのさ、お願いがあるんだけど――。ん、品切れ。そっか、今話したことなかったときにして。うんうん、じゃあ」


 スマホ越しだと言うのにくせなのか手を振る恭一に苦笑する和也。様子を見るからに希望に添える品はなかった、と察した和也は「今って感じでもない」と変に気遣う声をかけると恭一が思い出したように指を鳴らす。


「なぁ、正義の味方さんよ。【リコリン】知ってるか? それなら、うまいこと殺せる」


 聞き覚え無い名前に一家は眉をひそめるや「たまに事故としてあるやつでさ。もし、そいつの家に【それ】があるなら使ってみな」と楽しげに話す恭一に問う。


「見た目は?」


 その言葉に恭一はクックッと笑い「聞かなくても分かるぜ、きっと」と一枚の画像を和也に見せた。



          *



「ただいま」


 夕刻時、和也はアドレスホッパーのため知人の家へ。


「おかえりぃ、待ってたよ。早く和也のご飯食べたい」


 子犬のようにワンワンと吠えるはダークウェーブで知り合った闇バイトをしている男。人懐っこく、アドレスホッパーで家がないと伝えたところ心良く受け入れてくれたお調子者だ。


鍋で良いか?」


「うん」


 手を洗い、軽く潔癖なためゴム手袋をしながら野菜と調味料を取り出す。トントントンっとリズム良く切り「おい、尻尾振ってないで庭にある取ってきてくれ」と知人を動かす。

 初めは「えー」と楽しくなさそうにしてたが「ニラ!!」と楽しそうな声が聞こえ、ドタバタと持ってくる。

 水で洗い、ザクザクッと荒く切っては鍋に入へ。適当に調味料を加え、煮立つのを待っていると和也のスマホが鳴る。


『――』


 声がない。いや、敢えてなかった。

 無言に耳を傾け「わかった」と電話を切る。


「あれ、仕事?」


「あぁ、事故死が起きたらしくてな。悪いが一人で食べられるか?」


「そっか……あ、だから荷物なかったの?」


「何かと飛ばされるからな」


「また、会えるかな……。会えなくてもネットで話せるなら嬉しいんだけど」


 寂しそうな瞳に思わず、男の頬に手を添えおでこを軽くぶつけ返す。


「あぁ、


 その言葉に嬉しそうに男は笑うと彼も軽く嗤った。「じゃあ」と部屋を出ると廊下を歩いては「クッハハッ……」と正義には相応しくない邪悪な嗤いが響いた。



          *



【庭にあったスイセンをニラだと思い食べたか。

 男性が一人死亡 闇バイト関係者か証拠が――】



 翌朝。

 酷い頭痛と眠気と目眩に襲われ、処方された薬を飲みながら和也は仕事の支度。テレビを見つめ、事故死のテロップに毒を吐く。


食べるとは馬鹿なやつ。か。少しは捜査が進みそうだな」



 彼の記憶の中では【男】の事など一切覚えてなかった。



「なんだよ、この鍵付きブックカバー。番号分からんし、いつまで経っても日記が書けない……仕方ない手帳に書くか。いつものことだが、たまにはしっかり書きたい」



 テーブルの上に置かれている本。

 それは、何故か和也でも開けられない。

 レザー素材の鍵付きブックカバー。


 だが、は知っている。


 日付が書かれた赤い付箋。

  チラッ上からはみ出し見える写真には――

        吐瀉物ともがき苦しむ男の写真。



 表では暴かれない。

   裁きから逃れた。

     人の記録が刻まれていること――。

 

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