【短編】宝物を見つけたように。

保紫 奏杜

宝物を見つけたように。

 ここに来れば、素敵な出会いがある。そんな期待が、わたしを書棚が並んだスペースへと導いた。たまに来るショッピングモールの一角に設けられた本屋だ。お気に入りのバルが開くまでには少し時間がある。それでも時間は気にしていなければと、わたしは左手首の腕時計の文字盤を確認した。あと二十分は、探索をしていられる。


 連れは何を言わずとも、書棚の隙間に消えていった。本が詰まった棚には人を吸い寄せる魔力があるのだろうか? うん、きっと、そうに違いない。


 わたしはいつものお気に入りの書棚に向かった。そこに向かいながらも、目に映る本の背の文字を眺め見る。他とは違う太い背に、つい足を止めた。隣の本との分厚さは倍ほどもある。単行本一冊の文字数は単行本自体を分厚くすることでどうにかなるものなのか……。そんなことを考えながら、確かに総文字数は、物語それぞれに違っていていい。そう思う。


 目当ての書棚には、あまり人がいなかった。奥まった場所だからなのだろうか。少し秘密めいた感じがして、落ち着くような、そわそわするような、不思議な気分だ。興味のある単語を探し、視線は本の背をゆっくりと渡り歩く。妖精辞典。ファンタジーの地図について。服飾の歴史。あ、お菓子の歴史なんてものも。こういう本は、出来れば文字と写真で紹介願いたいものだと思う。写真のない時代のものなら、絵を――そう思い、いや、と思い直した。文字から想像を広げることもきっと楽しいに違いない。そもそも実際のことなんて、分からないことだらけなのだから。


 裏の書棚に回った時、平積みにされた本が目に入った。ハードカバーだ。言葉はどうやって生まれたか? そんな題名が目に飛び込んできた。こんな本もあるんだ、という驚きが、興味に変わる。この瞬間の、胸に生まれるワクワク感が、堪らない。手に取ってみると、なかなかの重量だ。硬い表紙を開き、ページを捲ってみると、意外にも読みやすそう。


 ――よし、これにしよう!


 両手で抱えてみれば、ちょっとした重みが心地良い。誰に奪われることもないはずなのに、つい大事に抱え直し、硬質な表紙を指の腹で撫でてしまう。

 今夜は良いお酒が飲めそう。そう思い、わたしはレジに向かいつつ連れを探し始めた。



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