第10話 桜、少女に舞う
4月29日土曜日。
幽霊少女達は威桜霊園に来ていた。
4月の終わりだというのに桜が満開である。
先が見えなく成る程並べられた墓には過去の存在の大きさを感じるような立派な作りのものばかりだった。
この一つ一つの墓に人間の生きた証が刻まれている。
墓の間の道をまっすぐ抜けると桜に囲まれた大きな広場がある。中心には今まで見たことない位大きな桜の木があった。
幽霊少女は決戦を前にして気を抜いていた訳ではないが、その桜に思わず見惚れてしまった。
しかしその美しさも長くは続かなかった。
辺りが暗くなる。
広場を囲っていた桜が枯れる。
当然中心の大樹も色を失った。
ここにある生命は3人の幽霊少女だけだ。
中心の桜の下から黒い液体の様なものが這い出てくる。
それが形を成す。
黒い液体は八つの頭となり、それを繋ぐ大きな体となり、そこから八つの尾をなした。
「…兄を返して貰うよ。
凛が焦りと怒りの表情を露わにしながら3人は分裂した。
怪異の弱点は脳と心臓である。
しかし八岐大蛇は八つの頭、つまり八つの脳があるということなので狙うは体にある心臓となるが、そう簡単に仕留めさせてはくれないだろう。
なのでまず左三つを凛、真ん中二つを紫乃、右三つを麗華と分けて攻撃する。
残りの首が二つ以下になり次第、心臓を狙うという算段である。
「ウヴォアァァァ!!!」
耳を咲く絶叫と共に八つの口から炎が発射される。
勿論初撃では幽霊少女達には当たらない。しかし炎のブレスの時間は長く、方向を変えてくる時に避けられるかどうか。
しかも凛と麗華は三つのブレスを避けなければならない。
大蛇は近距離の戦闘にも強くあの巨体の体当たりを喰らえば全身粉砕骨折は免れないだろう。
右へ。左へ。ステップで避ける。
ブレスの終わり側、次の攻撃の準備をする瞬間に首を斬る。
大蛇と戦う瞬間に発動させた霊文字はそう長くはもたない。
霊文字の効果が切れる前に心臓を斬る。
苦戦しながらも一つ、また一つと首を落とす。
敵が1匹なのでいつもより安全に戦う事ができる。
ついに右三つと左三つの首が落とされ、残すは真ん中の二つとなった。
兄の本に載っていた情報によると
八岐大蛇は首が全て落とされると全身を硬くし防御体勢をとる。その間に全て首が徐々に復活するとのことだった。
なので復活させない為に二つ首を残す必要がある。
「残りの首は私と紫乃さんで受けます!凛は心臓をお願いします!」
麗華の叫びと共に凛は八岐大蛇の真上に跳ね上がる。
二つの刀を肩に背負う様に構え、心臓に向かって振り落とす。
「
その時だった。大蛇の体が凛の攻撃を振り払う様に体当たりをする。
巨体の攻撃に耐えきれなかった凛は吹っ飛ばされる。
「な…なんだと…」
地面に転がり込んだ凛が顔をあげ見たものは三つ目の首が再生された大蛇だった。
「おい!大丈夫か!?」
「これは…仕方がありません。回復薬を飲んだ方がいいでしょう。」
飛んできた麗華と紫乃が声をかける。
その声を聞いて凛が回復薬を飲む。
今回の戦闘は1人一個回復薬を持ってきている。
「なぜ…今復活したんだ?確か…同時に首が復活すると書かれてあったが…」
「もしかしたら…一つの首に回復を集中させたのかもしれません…
ならば今度は首を一つだけ残して心臓に2人で刺しに行きましょう。次は絶対仕留める事が出来るはずです。」
凛が回復薬を飲み終わり、立ち上がって刀を構えた瞬間。
八岐大蛇の三つの首が吠える。
地面が揺れ動く。
広場を囲っていた約20本の桜の木の下から黒い液体が出てくる、それが大きな蛇──手足のない龍の様な形を成した。
一匹一匹が2m弱ある。それが複数体…桜一本につき一匹と考えるなら20匹はいるだろう。
幽霊少女達は絶句した。
八岐大蛇だけでも苦戦するのに、こんなに多い敵をどうしろというのだ。
霊文字も限界が近い。恐らく持って3分といったところだろう。
「…私が大蛇を引き受けます。しかし時間稼ぎにしかなりません。凛、紫乃さん。早めに蛇を倒して来て下さい!」
「…こいつぁ中々ヘビーな状況だぜ…!」
紫乃が誰に向けたか分からないギャグを言うと蛇に飛び込んでいった。
蛇一匹一匹はそこまで強くはなかった。
大蛇のブレスの様な遠距離攻撃は持ってない。
そして上手く頭を直撃すれば相手を一発でダウンさせる事が出来る。
「オラァ!!」
バギィッと蛇の頭の骨か鱗の折れる鈍い音がする。力なき断末魔を上げたあと横たわった。
いつまでこの集中力が続くか。
20体と思っていたが恐らくそれ以上いるらしい。
取り囲まれたら終わりだ。
「ハァァッ!!」
刀を振り下ろし、蛇の頭と胴体が分かれたのを確認した後、次の蛇に向かう。
ここを早く抜けなければ、蛇を早く始末しなければ、大蛇に立ち向かうことすら許されない。
横目で麗華を見る、麗華が回復薬を飲んでいた。大蛇をふと見るともう4個目の首が回復していた。彼女も1人で大蛇と相対するのは限界だろう。
その思考に至った時、一層刀を握る手に力が入る。
ついに最後の一匹の頭を斬り落とした。
全速力で麗華の方に向かうと片膝をつき刀を地面に突き立てていた。明らかに消耗している。
「麗華!蛇は全て倒した!すぐに終わらせよう!」
「凛…そうですね…早く…行きましょう…!」
途切れ途切れに言う麗華の横で凛は刀を構えた。
が。
消耗していたのは凛のほうだった。
バッテリーが切れた様に凛が倒れた。
霊文字の効果が限界を迎えたのだ。
「凛…!」
麗華が凛に駆け寄ろうとしたがこっちも霊文字が限界を迎え、麗華も倒れた。
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