第13話 ホントの気持ち
かっこいいけど悔しくて、そんな風に思う自分がひどく醜く思える。かっこ悪い。こんなの、ただの嫉妬と八つ当たりだ。
「ちょっといいですか?」
突然ベットの方のドアがガチャッと開いて、堂々と背筋を伸ばした柊さんが出てきた。もやもやしながら考え込んでいた俺は振り返って柊さんを認識するのと同時に、痛いほど跳ねた心臓を抑えた。
「もう1度だけセイの話を聞いてあげてくれませんか?」
まっすぐに俺と会長を見つめる柊さんの圧に押されながらも言葉の意味を理解した。聖夜が俺たちにもう1度話がある、それはつまり、さっきは伝えきれなかった思いがあるということ。
「もちろん」
「僕も聞きたいです」
どんな言葉も受け止める、なんて言えばかっこいいけど、ただ聖夜ならわざわざ俺たちが余計に苦しくなることを、呼び戻してまで言わないんじゃないか、という勘があるだけ。かといって、振られる以外に何を言われるのかの検討もつかないけど。
「来てください」
柊さんに促されて、会長のあとについてカーテンの向こうに足を踏み入れた。
ベットの上でさっきと変わらず座っていた聖夜の目は赤く腫れていて痛々しい。
「私たちは先に帰るから。セイ、さっき言ったこと、そのまま伝えなさいよ」
「セイ、頑張ってね」
強い口調で言い放った柊と、楽しそうに笑いながらも母のような眼差しを向けた周は開けっ放しだったドアから出て行った。入れ替わりに顔を出した美和子は俺たちの顔を順番に見るとニヤリと笑った。
「あたしは職員会議に行くから、その間ごゆっくり。鍵かけて誰も入れないようにしておくから。合鍵は、武蔵。明日ここに持ってこい」
言うだけ言って返事も聞かずに出て行った美和子は御丁寧にドアも閉めていった。急に3人きりにされた俺たちはまた顔を見合わせた。
「とりあえず、座っていいかな?」
穏やかに微笑んだ会長が聞くと、聖夜は緊張した面持ちのまま小さく頷いた。聖夜の右側に置かれたままになっていた2つの椅子のうち、聖夜の近い方に座った会長に促されて隣の椅子に座った。
誰も口を開かない空間で、俺と会長は中庭を眺めながら聖夜が話し始めるのを待った。どのくらい時間が経ったか、俺が中庭のベンチの背もたれに使われている木の棒の本数を数え直していると、ふうっと息を吐く音が聞こえた。
「あの、待たせてごめんなさい」
聖夜に視線を向けると、俯いたまま布団の上で組んだ手をギュッと握りしめていた。俺はその手に自分の手を重ねると、組まれた手を解いた。
「そんなに握りしめたら怪我するぞ。握るならこっちにしとけ」
聖夜の左手を自分の右手で軽く握ると、会長も聖夜の右手を握った。
「苦しい気持ちも含めて、僕たちにぶつけて? 知りたいんだ。聖夜の気持ち」
微笑みながらも意思の強いまっすぐな目を向けた会長は、少しだけ顔を上げた聖夜に頼もしく頷いてみせた。聖夜が目をきょろりと動かして俺を見上げると綺麗な上目遣いが俺を捉えた。俺はその愛らしさに負けないように、自分の中にある聖夜への気持ちを確認して手を握る力を少し強めた。
深呼吸してからちゃんと顔を上げた聖夜は、ゴクリと唾を飲んで言いにくそうに唇を噛んだ。手に込めていた力がふっと抜けるのと同時に、聖夜は固い表情のまま重たい口を開いた。
「ボクは、恋どころか、まともな人間関係も築けたことがなくて。小学校でも中学校でも、嫌われ者でした。嫌われる理由も、趣味が女っぽいとか、同性に色目使ってるとか、そんなことで。否定したくても、話を聞いてくれる人はいませんでした。優しくしてくれていた人がボクのいないところではボクを笑っていたこともあったから、人を信じることも、本当は苦手なんです」
嫌われ者。その言葉が俺にも強く響く。否定したくてもする相手がいない苦痛は俺にも分かる。会長にも、その気持ちは分かるはずだ。
「中学が同じ人も結構いるから、高校生になっても同じことが続くんだと思っていたんですけど、星ちゃんと月ちゃんと出会えたんです。似ているところがある2人の前では自分を取り繕うことも無駄で、ありのままの自分をさらけ出せました。趣味のことも、刺繡とか編み物で作った小物を見て、ただ凄いって言ってくれました」
きっと当時のことを思い出しているんだと思う。聖夜の表情が少し和らいで、遠くを見つめるこげ茶色の目には微かに光が差した。
「2人はボクの姉たちみたいに温かい、大事な友達で、星ちゃんと月ちゃんがいたから、また誰かを信じてみたいって思えたんです。だから昨日、鬼頭くんと粋先輩に告白されたとき、疑って逃げたくなる気持ちより、嬉しいとか、ちゃんと向き合おうって気持ちを大事にしようと思ったんです」
昨日の話になった途端に耳まで真っ赤にして話す姿に堪えきれないものを感じたけど、そんな煩悩は吸い込んだ息と一緒に押し戻した。俺は本能に頼って生きている節があることを自覚してはいるけど、だからといって欲望のままに動くサルではない。理性のある人間だ。
「2人と今日1日一緒に過ごして、考えて、鬼頭くんとも粋先輩とも、一緒にはいられないって思いました。だから、もう、ボクに関わらないで」
急に舵を切られて、俺たちが1番聞かなければいけなくても聞きたくなかった言葉が震える声で落とされた。また俯いてしまった聖夜がやけに苦しそうで、俺まで苦しい。自分の意思だって協調するような話しぶりだったのに、そこに聖夜の本心はないような気がした。
「聖夜が本心からそう言うなら、2度と関わらない。でも、違う、よな?」
俺の言葉に肩を跳ねさせた聖夜は、首を横に振った。何度も何度も首を振る聖夜の手を握り直して顔を下から覗き込むと、唇を噛みしめながら涙を堪えていた。
「言え、ない、言ったら、嫌われる。嫌われるなら、消えたい」
絞り出された声と同時に、手を握りしめる力が強くなる。耐えられなくなって聖夜の腕を引いて抱きしめた俺が回した片腕に、同じく聖夜を片腕で抱きしめる会長の腕が重なった。
「嫌わねぇって」
「うん。僕も、嫌いになんてなれない」
俺たちがそう言うと、聖夜はしゃくり上げるように泣き出した。2人で宥めようと背中を擦ったり声を掛けたりしていると、次第に聖夜が鼻を啜る回数が少なくなってきた。俺たちがそっと離れると、聖夜が離れないでと言わんばかりに繋いでいた手を引いた。
「ボクは、2人が好き。だから、選べなくって、その、ごめんなさいぃ」
今度は大声を上げて泣き出した聖夜。あわあわしている会長を横目に、俺はもう1度聖夜を抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫」
弟と妹が幼かったころによくしたように背中をトントン叩いて宥めていると、会長も聖夜の隣りに腰かけて、俺と同じリズムで頭を撫で始めた。
聖夜を不安にさせないようにそうしているけど、内心は穏やかではない。正直、悔しかった。あの会長と比べられないくらいだと言われることは、普段だったらかなり嬉しい評価だと思う。でも、自分にとって1番だと思える相手にただ1人の1番だと思ってもらうことができなかった。恋の1位タイって、何なんだろう。
「聖夜くんは、どうしたい?」
突然口を開いた会長が子どもから話を聞き出そうとするみたいな言い方で聞くと、聖夜はズルズルと鼻を啜りながらも声を上げることをやめた。
「ボク、は」
えっと、と繰り返して言葉を紡げないでいる聖夜が、親に怒られて反省していた昔の自分と重なる。きっと心の中では思い描いた未来の中で笑っている自分がいるのに、それが正解かは分からなくなっているんだろうな。
相手の気に障ってしまわないか、周りが自分の気持ちを嘘だと決めつけないか。そういう経験が1度でもあって、そのささくれが自分で思っている以上に心に深く刺さってしまえば不安から逃れるのは容易なことではない。
特に聖夜は俺以上に頭が良くて、今日の昼休みに聞いた普段の勉強の進め方から考えても、先を見据える力があるはず。周りに何を言われても、なかなか抜けないのが深く心に刺さったささくれの嫌なところだ。
思わず吐きたくなったため息を、そうとは思わせないように深い呼吸に変えて吐き出した。
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