濡れ衣

葵染 理恵

第1話

「こんにちは。ちょっとお話を訊かせてもっても宜しいですか?」

と、須藤は警察手帳を見せながら六十代くらいのホームレスに声をかけた。

ホームレスは怪訝な顔で振り向く。

「警察…何のようか知らないけど、俺は忙しいんだ。他をあたってくれ」

と、言って、突っぱねると、昼食の準備を始めた。

「あぁお兄さん。道端でカセットコンロの使用はダメだよー」

須藤の制止も訊かずに、ホームレスはインスタントラーメンを作る為のお湯を沸かした。

須藤は笑顔で「失礼しますね」と、言って、カセットコンロの火を止めた。

「なっ何をすんるんだ!」

「許可なく道端でカセットコンロを使うのはルール違反になりますからやめてくださいね」

「許可も、へったくれも無い!こっちは毎日生きるか死ぬかの瀬戸際にいるんだよ!いちいちルールなんって守ってられるか」

「分かりました。じゃ、こうしましょう」

須藤は鞄から財布を取り出した。そして福沢諭吉を一枚、ホームレスに渡した。

「これで何か温かい物でも召し上がって下さい。あとですねー、少しご協力、頂けたら情報料として、もう二枚お渡しします。どうですか?」

ホームレスは大人しくなり「何が訊きたいんだ」と、言った。

「一ヶ月前、この近所で強盗殺人があった事は知っていますか?」

「あぁ、かなり騒がしかったからな」

「私は、その事件の聴き込みをしているのですが、事件があった日、何か訊いたり見たりしませんでしたか?」

ホームレスは少し考えてから「んー覚えてないな…」と、答えた。

「そうですか。分かりました」

と、言って、須藤は立ち去ろうとした。するとホームレスは、また大声を出した。

「おい!金は!」

「いやー、情報料なので、何も情報がないと、さすがにあげられませんよ。私のポケットマネーから出しているので……それでは、失礼します」

「おっおい!ちょっと待て。事件当日の事は思い出せないけどな、ある話なら耳にしたぞ」

「どんな話です?」

「ここから左斜め上の方角に大きな公園があるだろう。そこに三十代くらいの村井って男がいるんが、その男と殺された老夫が口論していたらしい」

「えっ本当ですか?」

「噂だからな……けど、あの村井って男は喧嘩早いから、皆、奴とは距離を置いているよ」

「なるほど。その村井って人の特徴も教えて頂けますか?」

「目の下に一本傷があるから、すぐに分かるよ」

「そうですか。御協力ありがとうございました」と、言って、福沢諭吉を二枚、渡した。



大きな公園なのに、不気味さがあって、あまり人気のない散歩コースを歩きながら、村井という男を探していた。

すると奥にある公衆トイレから一人の男が出てきた。

「ん?あれか?」

男の服は全体的に黄ばんでいて、散歩コースから外れて、草むらの方へ歩き出した。

須藤は、男のあとを着いて行った。

すると男は急に立ち止まって振り向いた。

その顔には一本傷があった。

「なんだよテメー!人のあとをついてくるんじゃねーよ!」

「あぁ、すみません。私は、こういう者です」と、言って、警察手帳を見せる。

「警察?警察が何のようだ」

「一ヶ月前、この近所で強盗殺人があり、その聴き込みをしている須藤と言います。貴方のお名前を教えて下さい」

「…あんた本当に警察か?普通、聴き込みは二人でやるもんだろう」

「あはは、貴方、刑事ドラマの観すぎですよ。実際は一人で聴き込みをするのが大半で、二人で聴き込みに行く方が稀ですよ」

と、言って、鼻で笑った。

「お前、俺の事を馬鹿にしてるのか!!」

「いえいえ、とんでもない。この説明をするのが、今日で5回目だったので、つい……けして馬鹿になんてしていませんよ」

と、言いつつ、須藤の顔は、ニヤついていた。

ニヤついた顔に、腹が立った村井は、須藤の胸ぐらを掴んだ。

「おい、笑うのやめろ!警察だからって、なめた態度してると、容赦なく殴り殺すぞ!」

「分かりましたから、村井さん、放してください」

「なっなんで俺の名前を知ってるんだよ!」

「実はある情報がありまして。村井さんが被害者の森さんと口論している所を見た。っていう人がいまして…」

「はあ、森?誰だよそいつ」

「強盗殺人で殺された老夫です」

「誰だか知らねえーけど、俺は老人とは喧嘩しねえよ!そんなデマ、吹き込んだ奴を教えろ!ただじゃおかね!」

「村井さん、落ち着いて下さい。情報者の事は言えません。それはドラマと一緒です」

と、言って、微笑んだ。

「お前!また馬鹿にしたな!ふざけるんじゃねー」

村井は思いっきり、須藤の頬を殴りつけた。

だが、須藤は殴られた瞬間、左に顔を流して、パンチの衝撃を軽減させていた。

「村井さん、警察を殴ってはいけませんよ。公務執行妨害で逮捕しますよ」

と、言うと、あっというまに、村井を確保した。

「イタタタタッ!放せ!腕が折れる、折れる!」

「いいですよ。放してあげるかわりに、何か情報を教えて下さい。無いなら、このまま逮捕しますね」

「わっ分かった、分かったから、放してくれ!」

「いいでしょう」

と、言って、村井の腕から手を離した。

「痛てな…この暴力警官め、覚えてろよ…」

「はいはい、泣き言はいいから情報があるなら早く話して」

村井は腕を擦りながら「ここから、左斜め下に行くと細い川が流れているだろう。あそこに八十くらいのジジイが住んでいるんだけど、そのジジイの手癖の悪さはピカイチらしい。強盗殺人なんだろう。ジジイが怪しいだろう」

「なるほど。その人の名前と特徴は?」

「確か…吉田って言ってたな。特徴はデブ」

「デブ…」

「デブで恵比寿顔してるジジイだ。こんな生活をしてて太れるなんって、金銭を盗まない限り無理だろ 」

「分かりました。けどこの話が嘘だと分かれば、村井さんが好きな暴力警官を引き連れて、また現れますからね。では、御協力ありがとうございました」

と、村井に向かって敬礼をしてから、その場を去った。



平均女性の背丈ほどある草むらを、かき分けて小川までたどり着いた。

小川に沿って歩きながら、辺りを見渡していると、草むらの隙間から水色のビニールシートが見えた。

ゴツゴツとした石の上を、ゆっくりと進んでいると、ビニールシートに覆われた屋根に、ベニア板で出来た家から人が出てきた。

「こんにちは」と、須藤が声をかけた。

小太りで目が細く、小綺麗な格好をした八十代くらいの男性が須藤の方を見た。

警戒している男性に、須藤はもう一度声をかけた。

「こんにちは。私は、こう言う者です」

と、言って、警察手帳を見せる。

「警察!」

「はい、須藤といいます。貴方のお名前を教えて下さい」

「よ…吉田です……あの私に何かご用ですか?」

吉田の顔は、引きつっていた。

「一ヶ月前に、この近くで起きた強盗殺人の聴き込みをして回っているんですけど、何か訊いたり見たりしませんでしたか?」

「あぁ、そういうことですか!私はいつも八時には床につきますので何も分かりません。お役に立てず、すみません」

と、言って、いそいそと家に戻ろうとした。

「ちょっと待ってください」

「はい?まだ何か?」

「これから、どちらかに行かれるんですよね?」

「えっ…あっ…いえ…その……」

「途中までご一緒してもいいですか?」

「えっ!なっ何故です?」

「綺麗なお召し物を着ているって事は、あの草むら以外にも大通りに出る道があるって事ですよね?」

「は…はい、あります」

「良かったー。あの草むらに生えている草は痛くて帰りは通りたくなかったんですよ」

「そうですか…では鞄を取ってきます」

と、言って、中へ戻ろうとしたら、須藤が大声で叫んだ。

吉田は、声に驚いて体が固まった。

「吉田さん!その腕時計て、マーチンですよね?しかも世界で100個しかないデザインの時計ですよ」

「あっいや、これは偽物ですよ。偽物」

と、言いながら、急いで家に戻ろうとしたが、がっちりと須藤に腕を捕まれた。

「ちょっと失礼しますね」

と、断りを入れると、吉田の腕時計を外した。

「なっ何をするんですか!返して下さい!」

「やっぱり、これ本物じゃないですか!八百万もする腕時計を、どうやって手に入れたんですか?」

「……頂き物です」

「どなたから?」

「………その……」

「盗んだんですね」

吉田の顔から血の気が引いた。

「いいでしょう。これは私が拾った事にして、交番に届けます。その代わり、何か事件に関する情報を教えて下さい。無ければ、こ

のまま一緒に交番に行きましょう」

言い逃れが出来ないと観念した吉田は、その場に、へたり込んだ。

「すみません…時計は盗みました。ですが、私は強盗殺人なんて犯していません。信じてください」

須藤はため息をついて、頭を左右に振った。

「初めから、疑ってなんかいませんよ。それより何か情報をもってませんか?」

安堵の表情を見せながら、事件に関係ありそうな人物を考えた。

「プリンさん!あの人なら…」

「プリンさん?」

「誰も本名は知りません。ただプリンの店を経営していて倒産したという事しか…」

「そのプリンさんを何故、怪しいと思うのですか?」

「あの人、お金に対しての執着が怖いくらいなんです。前にプリンさんの百円が無くなった時があったのですが、近くに居た人たちに掴みかかっては、俺の百円を返せ!って怒鳴りつけてたんです。結局、百円は盗まれてなかったんですが、あの時のプリンさんは人を殺してもおかしくないくらいの殺気だったので…」

「なるほど。そのプリンさんは何処に居ますか?あと特徴とかもあれば教えて下さい」

「大通り沿いに真っ直ぐ行くとプリンさんの寝床があります。特徴ですか…特徴という特徴はないのですが、あんな所に寝床を構えている人はプリンさんしかいないので、すぐに分かると思います」

「分かりました。御協力ありがとうございます。では、大通りまでの案内、お願いしますね」

須藤は手を差し出して、吉田に先へ行くように促した。

腕時計は取られたが、捕まらずに済んだ吉田は、ほっとした表情を浮かべながら、自分で作った道を案内した。

車通りが少ない大通りに出ると、挨拶もそこそこで、吉田とわかれた。

そして須藤は大通りに沿いを歩いてプリンのもとに向かっていると、先ほど情報料を渡した男の寝床が見えてきた。

「なるほどね…」と、不適な笑みを浮かべて、携帯を取り出してた。

「星野です。今、終わりました。坊っちゃんの罪を被せる輩を何人か見つけましたので、ご安心を……はい…はい…承知しました。すぐに取りかかります。では廣瀬議員は、坊っちゃんの完璧なアリバイを、お願いします。それでは失礼致します」

と、言って、電話を切った。

須藤という偽名を使っていた星野は、鞄を広げて「さぁ、貴方は誰の元に行きたいですか?」と、強盗殺人で使われた凶器の包丁に笑顔で問いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

濡れ衣 葵染 理恵 @ALUCAD_Aozome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ