第4話 ホラー終了のお知らせ
人形の少女の反応にマリアンデールは困惑した。
「あの……私の話ちゃんと聞いてた? どうしてそんなに嬉しそうなの?」
「だって、ここに堂々と住めるんだろ? 嬉しいに決まってるじゃないか。こんな雨風ちゃんと凌げそうな場所で寝ていてもいきなり頭を蹴られて叩き出されたりしないってことなんだから」
「ええ……」
なんだその地の底より低そうな評価基準は、とマリアンデールは思った。
だが人形の少女の顔を見ればそれが強がりなどではないことはわかる。
どういうことだろう。
マリアンデールが言うのもなんだが、こんな気味の悪い館に囚われるというのはかなり絶望的な状況のはずなのだが……。
「あれ? でも食料はどうすればいいんだろう。ここから出られないんじゃその辺の森から食える草を取りにも行けないし。いや、そもそもこの身体って食事は必要なのか?」
人形の少女は疑問を口にした。
マリアンデールへ向けた言葉というより、ふと思い浮かんだ疑問が無意識に口から出た、という感じだった。
マリアンデールのほうはといえば、頭の中でさらに疑問と混乱が増えて行く。
食える草って、このセシルこれまで一体どんな生活してたの……?
思わずそんなことを尋ねたくなるが、ふと我に返るとコホンと咳をして気持ちを整え、何とか質問に答える。
「食事は別に取らなくても大丈夫よ。もし疲れても何時間か眠れば魔力――あなたたちが活動するためのエネルギーは回復できるから」
「へえ、お化けも眠るものなんだ。でもその言い方からすると、食べようと思えば食べることもできるってこと?」
「ええ、まあね。ただあなたたちが食事をしてもお腹に入れた物が魔力に変換されるだけよ。満腹になったりはしないし、身体が成長したりもしない。変わることといえば眠らなくて済むようになるくらいかしら」
「そういうものなのか。お化けって面白いな」
興味深げに人形の少女は頷き、また天井を見上げて思案顔をする。
これからの生活のことをあれこれ考えているようだ。
マリアンデールは迷ったが、やがて躊躇いがちに尋ねた。
「あの……あなた、身体のことはいいの?」
「身体?」
人形の少女はきょとんとした。
それから自分の身体に目を向け、腕をぐるぐる回したり、ぴょんぴょんと跳ねてみたりする。
「特に問題ないよ。人間とかなり勝手が違うみたいだから最初は手こずったけど、ようやく動かし方もわかってきたし」
「そうじゃなくてあなたの元の身体のことよ。あなた、元の人間の肉体に未練はないの?」
これがマリアンデールが感じた一番の疑問だった。
今回のセシルは既に人間だった頃のことなど気にしていないように見える。
これまでのセシルとはそこが決定的に違っていた。
どうしてそんなにあっさりと割り切れるのか。
理解できない。ある種の恐れに近い感情をマリアンデールは抱き始めていた。
そんなマリアンデールに対して人形の少女は事もなげに言う。
「いや、もう元に戻れないって説明してくれたのはマリアンデールだろ? それならいつまでも気にしても仕方ないじゃん」
「そ、それはそうだけど……」
「それに、散々やべえやべえと言われてた館に忍び込んだんだ。本当ならもう死んでても文句言えないだろ? だから生かして貰えてるだけで十分かなって」
人形の少女はそう言って笑った。
冗談ではなく本気でそう考えているようだった。
本気でと言うより、そう考えるのが自然なことだと思っている、と言ったほうが適切だろうか。
マリアンデールはようやく少しわかった気がした。
恐らくこの子は今まで、日頃から死が身近な世界で生きてきたのだろう。
この館で暮らせと言われて喜んでしまうほど。
ひょっとすると、とんでもない掘り出し物の魂を引き当てることが出来たのかもしれない。
「そういや、もう一つ質問があるんだけど」
人形の少女が思い出したように言う。
内心の動揺を隠し、あくまで冷静を装いながらマリアンデールは答えた。
「なあに?」
「ここで館のために働けってさっき言ってたけど、具体的には何をすればいいんだ?」
「特にこれをやれというのは無いわ。あなたたち怪異の役割はこの館と各自の存在を維持すること。そのために必要な力も与えてある。まあ詳しいことは他の怪異から聞きなさい」
「他にもこの人形みたいなお化けがいるのか」
「あら、見かけなかった? セシルのところへ辿り着いたのなら他の怪異の誰かに見つかって襲われているはずだけど」
そう言われて少女の人形は思い出した。
「そういえば空飛ぶ食器に追い回されたな」
「ああ、あの子たちね。ああいうのがこの館には他にもいるのよ。確かこの館の場合はあなたを含めて全部で七つだったかしら」
「そいつらもオレみたいに元人間なのか?」
「いいえ。他の怪異は最初からずっと同じ怪異よ。セシルだけは例外なの」
「例外って?」
しかしマリアンデールはその質問には答えなかった。
「それについて話すつもりはないわ。知りたければせいぜい私の役に立ちなさい。気が向いたら教えてあげる」
そう言うとマリアンデールは左手の杖を回す。
杖の赤い宝石が怪しい光を帯び、マリアンデールの周囲の空間が再び水面のようにうねり始めた。
「それじゃそろそろ私は行くわ。たまに様子を見に来るから」
「わかった。色々教えてくれてありがとな」
「お礼を言われる筋合いはないのだけど……本当に調子狂うわね」
マリアンデールは肩をすくめる。
空間の歪みが激しくなり、やがてマリアンデールの姿が溶け込んで消えていく。
マリアンデールが完全に見えなくなるとうねりはやがて治まり、何事も無かったように辺りはシンと静まり返る。
エントランスには人形の少女だけが一人残された。
※ ※ ※
「――さて、それじゃ新生活開始と行きますか」
人形の少女は両手を腰に当てて威勢よく声を出した。
……とは言ったものの、何から手を付ければいいのかわからない。
とりあえずは状況の確認だろうか。
人形の少女は改めて自分の身体に目をやった。
赤いドレスに身を包んだ女の子の人形。
ある程度動けるようになったとはいえ、やはりまだ違和感はあった。
この人形の身体は、例えるなら着ぐるみを被っているかのようだった。
それでいて表情は作れるし、指の先までしっかり感覚もある。
どういう仕組みなのかわからないが、陶器でできているらしい頭や手足はまるで柔らかい粘土のように思い通りの形に変えられるのだ。
動きやすくてありがたくはあるが、なんとも変な感じだった。
そして変な感じといえば……股間がスースーする。
女ってこんな感じなのか、と元少年である人形の少女は思った。
いや、人形なのだから実際の女ともまた違うのかもしれないが……。
とりあえずこれもこれから慣れていくしかない。
自分の身体の変化について今わかるのはこれくらいだった。
それ以外に気になることといえば……やはり、この館についてか。
忍び込んですぐこの状況になったのでこの館に関してはわからないことだらけだった。
人形の少女が知っていたのは、この館が『呪いの館』と呼ばれているということくらい。
どれくらいの広さなのか、どこにどんな設備があるのか。
とにかく情報が少なすぎる。
マリアンデールは他の怪異に聞けと言っていたが、そいつらはどこにいるんだろう。
とりあえずその辺歩き回りながら探してみるか?
人形の少女はそんな風に考え始めた。
だがその時、ふと背後に気配を感じた。
それはついさっき、まだ少年だった頃の人形の少女が感じたのと同じ気配だった。
「……ああそうか。そういやお前らがいたな」
そう言いながら人形の少女は振り返る。
「ちょうどいい。さっきのリベンジついでに話を聞かせてもらおうか」
人形の少女の視線の先には青白い光を帯びた無数の食器が浮かんでいた。
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