第一章酒場にて⑥
フェレス――[フッ]と笑い、
「で、どの依頼を受けるんだ?」
トラッド――[苦笑]を浮かべて、
「そうだなー」
ずらずらと目の前に並んだ依頼リストとそれに添えられた簡単な説明文を見ながら、内容の検討をしていた『トラッド』は、露骨に“困った”顔をして見せた。
取り合えず、トラッドをパーティリーダーにしてパーティを結成した一行は、最初の難関に立ち向かっていた。
それは、すなわち、「どの依頼を受けるのか?」ということである。
このゲームでは、必ず依頼を引き受けなければ、実質的な冒険は始まらないようなシステムになっている。
単なるダンジョン探索もできなくはないが、それすら、「〇〇というダンジョンの最下層にいる××というやつを倒してくれ」という形でしか挑むことはできないのである。
トラッド――[苦笑]を再度浮かべて、
「困ったなあ」
しきりに「困った」を連発しながら、『トラッド』は、演技ではなく本当に困っていた。
自分たちにとって適当な依頼を見極めるのは、熟練の冒険者を自認するトラッドにとっても難しいことなのだ。
あまり簡単な依頼ではプレイしていてつまらないし、だからといって、あまりに難しい依頼だと達成が困難になってしまうからだ。つまり、キャラクターの強さとシナリオの難易度の兼ね合いである。今回は特に、初心者が二人もいるのだからなおさらだ。
手掛かりは、依頼書に書いてある、報酬、依頼人、冒険の場所、それに、予想される最大の障害、つまり、倒さなくてはならない敵キャラクターだ。
もちろん、依頼書どおりであることなど、まずない。だから、危ない目にあうことを避けるには、――対処できる以上の危機的状況に陥らないためには、依頼内容と自分たちの実力を考慮しつつ、今まで依頼をこなしてきた経験を元にした勘を最大限に働かせる必要がある。……もっとも、この勘というやつも、当たりすぎればプレイがつまらないし、外れすぎるとえらいことになってしまうため、その辺のさじ加減は、ゲーム中において最も難しい“プレイング”だと言っていいかもしれない。
もし、自分たちのミスで全滅するようなら、自分たちの危険を見抜く目が未熟だったと諦めるしかないし、プレイヤー・キャラクターには絶対に避けることのない罠、いわゆる、“デス・トラップ”の仕掛けられたシナリオに当たってしまったなら、運が悪かったと思うしかないと『トラッド』は考えている。発売元以外の人間でもシナリオを製作でき、オンライン上にアップできるのだから、ある程度の当たり外れは仕方がない。無論、本当に全滅したなら、「このシナリオ、難しすぎ」とか、「こんなもん商品化するな(笑い)」などとネットに書き込みにいくだろうことはまず間違いないだろうが。
幸運にも、今までトラッドはそういう理不尽な“死”をもたらすシナリオにぶち当たったことはない。……もっとも、それに近いシナリオに出くわしたことは何度もあるが。
一応、キャラクターの強さに合わせて、自動的にバランス調整は行われるらしいので、よっぽどのミスをしない限りは大丈夫なのだろう。そのことを嫌うプレイヤーもいるようだが、自分たちの努力ではどうしようもない理不尽な目にあわされるよりは、少しはマシだと『トラッド』は考えている。
「ゲームは、クリエイターがプレイヤーに“甘える”か、プレイヤーがクリエイターに“甘える”ことによってしか成立しない」という言い方もできるかもしれない。クリエイターとプレイヤーのどちらも満足できるのが理想ではあるが、今までも、そして、これからも、そんなゲームは存在しえないだろう。
「『不完全』は『完全』よりも、『完璧』なこともある」と思うしかないのだろう。
トラッド――[ニッコリ]と笑って見せ、
「よしっ! これにしよう!」
しばらく悩んだ末に、『トラッド』は、依頼の一つを選んで決定ボタンを押す。画面にその依頼内容が表示され、他のパーティメンバーも見ることができるようになる。
[依頼主 トーラン村のカスター司祭
村の近くの洞窟に住み着いた魔物を
退治してくれる〈冒険者〉を募集。
報酬は、前金で一人1000ギリム、
成功報酬でさらに1000ギリム。
詳しくは、マスターまで]
トラッド――[普通]の顔に戻り、
「ちょっと報酬は安いが、
まあ、今のオレたちにゃ、
これぐらいがちょうどいいと思うぜ?」
『トラッド』は、「上級者と初心者がパーティを組んで依頼を引き受ける場合、報酬は高いが危険すぎるシナリオと、報酬は安いが安全すぎるシナリオのどちらを選ぶ?」と聞かれれれば、「報酬の安い方!」と即答するタイプだが、今回はもう少し色気を出して、初心者が楽しめるばかりではなく自分たちも楽しめるように、パーティが全力を注ぎ込んでぎりぎり倒せる強さの敵ボスキャラクターが出現するだろうと思われる報酬のシナリオを選んでみた。
理由は、自分とフェレスの戦闘力を検討してイケルだろうと判断したのと、初心者だと自称する二人がそれほど初心者に思えなかったということがあったのだが、
ニオ――[驚いた]顔で、
「2000ギリムで安いの!
さすが高レベル〈冒険者〉!」
リメア――“ぎこちなく”[驚いた]顔で、
「今まで私たちのクリアしてきた依頼なんて、
せいぜい500がいいところですよ!」
どうやら、少し、オンライン初心者〈冒険者〉を引かせる結果になってしまったようだ。
ニオ――[苦笑]しながら、
「儲かるのはうれしいけど、
僕たちって、足引っ張らない?」
トラッド――[ニッコリ]と笑い、
「大丈夫! まあ、なんとかなるよ」
リメア――[微かな笑み]を浮かべ、
「いいんですか?
お二人には物足りないんじゃ?」
トラッド――[ニヤリ]として、
「やってみないことには分かんないさ。
あ、君たちが、オフラインモードを
やってるなら分かってると思うけど、」
リメア――[微かな笑み]のままで、
「はい」
トラッド――[ニヤリ]としたままで、
「依頼人や地名、出てくるモンスターなんかは
毎回変わるし、アクシデントはいつ起こるか
分かんないし、少なくとも退屈だってことは
ないさ。それに、」
ニオ――[ニヤリ]と笑い、
「このゲームで得られる“経験”って、
経験値じゃなくて、カードだし、
どのくらい冒険で活躍したかによって、
その得られるカードの枚数が変わって
くるっていう成長システムだもんね~~」
トラッド――[苦笑]を浮かべ、
「オ、オレの台詞がぁーw」
リメア――[驚いた]顔をして見せ、
「私たちと一緒だと、敵が、
歯ごたえなかったりしません?」
フェレス――“クール”に、
「それは、心配ない。
難易度は、パーティの
強さによって調節されるからな。
報酬が2000ギリムなら
ちょうどいいぐらいだろう」
トラッド――[ニヤリ]と笑い、
「そう考えるプレイヤーを想定した、
ひっかけなこともあるけどなw」
フェレス――“クール”に、
「引っ掛かる方が間抜けなんだ」
トラッド――[ムッ]とした顔で、
「ぬっ!」
(またかよ!)
ムッとした『トラッド』が“発言”するより早く、「ひっかかると言えば、」とニオが“台詞”を書き込む。
ニオ――[普通]の顔に戻り、
「ひっかかると言えばさぁ。
このパーティには、シーフ役が
いないけど、洞窟探検なんか
して大丈夫~~?」
トラッド――[普通]の顔に戻り、
「罠にひっかかるかもしれないって?」
ニオ――[ニッコリ]と笑って、
「うん!(笑)」
トラッド――[ニヤリ]と笑い、
「“石橋を叩いてぶっ壊す”
ってーのはどうだ?
罠は、ぶち壊して進む!w」
ニオ――[苦笑]して、
「それ、豪快すぎ!(笑)」
フェレス――[フッ]と笑い、
「わけの分からんことを」
リメア――[驚いた]顔で、
「ボスキャラと戦う前に、全滅したりしません?^^;」
トラッド――[ニヤリ]として、
「経験上、『意志力・身体』の“敏捷判定”
とかに成功して、パーティみんなで
助け合えば、なんとかなる!」
リメア――[微かな笑み]を浮かべると、
「私たち、後列系のキャラクターは、
『意志力・身体』が少ない分、
迷惑をかけそうですけど?」
トラッド――[ニヤリ]と笑い、
「その分、後列系は、『意志力・精神』
が多いだろう?
だから、
“知識判定”や“探索判定”とか、
オレたち前列系が苦手な判定の時に
助けてくれ。それで貸し借りなしだ」
ニオ――[普通]の顔に戻り、
「キャラクターってさ、体力が多いと
『意志力・身体』も多いんだよね?」
トラッド――[ニヤリ]とした顔のままで、
「ああ。逆に、体力が多い分だけ、
『意志力・精神』は少ないしな」
ニオ――[普通]の顔のままで、
「トラッドもフェレスも、専門の〈戦士〉
より体力は少なめでしょ?
だったら、『意志力・身体』も少ない
んだから、やっぱ、苦しいんじゃない?」
フェレス――“クール”に、
「判定で失敗して、何枚も無駄にすると苦しいが、
コンスタントに成功していけば、
切り抜けられないことはない」
トラッド――[ニッコリ]と笑って見せ、
「オフラインモードでそれなりに
プレイできていれば大丈夫!
何とかなる!w」
ニオ――[苦笑]して、
「僕、あんまり、反射神経よくないけど」
リメア――[苦笑]を浮かべて、
「失敗ばかりしそうですけど」
トラッド――[ニヤリ]と笑って、
「みんなで頑張れば、オッケーだって!」
『トラッド』は、「だぁーいじょーぶっ!」と[ニヤリ]とした笑みを浮かべなおして、「なぁ、フェレス?」と同意を求める。
(あ、まずったか?)
いつもの仲間たちへのノリでつい同意を求めてしまったが、相手はあのフェレス。また面倒なことになるのでは、という一抹の危惧をもった『トラッド』の目の前で、
フェレス――[フッ]と笑いを浮かべて、
「ふん」
肯定するでも否定するでもなく、“口元に自信たっぷりな笑みを浮かべている”〈魔法戦士〉は、とても頼もしげに見えた。
(……ひょっとして実はこいつ、いいやつなのか? それとも、今日はプレイヤーが違うのか?)
一瞬、『トラッド』の脳裏をそんな考えがよぎるが、そんな『トラッド』にはお構いなしに、フェレスは「それに、」と続ける。
フェレス――[普通]の顔に戻り、
「それに、盗賊系がいないのなら、
情報収集が必要な
シティ・アドベンチャーよりも、
こういうものの方がいいだろう」
リメア――[微かな笑み]を浮かべ、
「ああ、それで、モンスター退治シナリオなんですね」
トラッド――[ニヤリ]と笑いを浮かべ、
「うん。まあ、そんなところだw」
(……なんか不気味だなぁ)
いつもなら考えられないフェレスの反応に言いようのない不気味さを感じながらも――素直にフェレスの行動を喜べない自分が少し悲しくもあったが――、『トラッド』は“笑顔”を浮かべて見せる。
トラッド――[ニッコリ]と笑って、
「つーことで、いい?>みんな」
ニオ――[ニッコリ]と笑い、
「僕は、いいよ~~」
リメア――[ニッコリ]と笑いながら、
「私も、いいですっ!」
トラッド――[ニッコリ]顔のままで、
「そう? じゃ、これでいくよ?」
フェレス――[フッ]と笑いを浮かべ、
「ふむ。まあ、いいだろう」
トラッド――[普通]の顔に戻り、
「ん? なんか言いたいことでもあるのか?」
フェレス――[フッ]と口元に笑みを浮かべたまま、
「いいや、別に」
トラッド――[苦笑]を浮かべて、
「なんか、やだなー。その言い方w」
(……ひょっとして、何かあっさり引き受ける理由みたいなものがあんのか?)
フェレスの態度に何かひっかかるものを感じ、[苦笑]を浮かべつつも、「まあ、いいか」とモニターの前で小さく肩をすくめて、『トラッド』は話を進める。
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