第一章酒場にて④
一瞬後、
二人の〈冒険者〉の姿が、酒場に現れる。
[ニオ 〈僧侶〉 男 “地”
攻撃力② 防御力② 魔力⑥
抗魔力④ 行動力⑦ 体力⑫
ランクB]
[リメア 〈魔術師〉 女 “風”
攻撃力① 防御力① 魔力⑦
抗魔力③ 行動力⑨ 体力⑨
ランクC]
マスター――グラスを磨きながら、
「いらっしゃい」
ニオ――[ニッコリ]と笑って、
「今晩わ~~!」
リメア――[ニッコリ]と笑って、
「はじめましてっ!^^/」
ややぎこちなく、
コントローラーによる顔グラフィックの入力は、表示したい顔グラフィックを設定してある方向キーを一瞬だけ必要な回数入力すればいいのだが、入力にある一定以上の時間がかかってしまうと不自然な表情を浮かべたように見えてしまう。
例えば、方向キーの“上”に笑い顔を――一回入力に[ニヤリ]、二回入力に[ニッコリ]、三回入力に[苦笑]を――登録していたとする。
[苦笑]を浮かべたい場合、三回、「トトトン」とテンポよく方向キーの“上”を押せば、プログラムの許容範囲内なので余計な表情を浮かべることなく[苦笑]を浮かべられるのだが、どこにどの表情が登録してあるのか把握していずに「チョイ、チョイ、チョイ」などと押してしまうと、[ニヤリ]として、[ニッコリ]笑い、そして、ようやく[苦笑]を浮かべることになってしまうのだ。
もっとも、この時間差を利用するテクニックも存在するのだが、そんなことをわざわざするのは、専ら、上級者に限られている。
[普通]の顔から、“嬉しそうな”顔に移行して、酒場に“入って来た”キャラクターたちはそう挨拶した。
(少なくともオレたちよりは、オンラインの経験、ねーな)
『トラッド』は、一瞬でそう判断すると、新顔の――少なくとも彼は、今まで会ったことがない――キャラクター二人の外見を観察する。
一人は、青い服装の黒い髪の少年※〈僧侶〉、もう一人は、赤い衣を身に纏い、美しい金髪を腰まで伸ばしている女性の※〈魔術師〉だった。
※〈僧侶〉:〈司祭〉系クラス。〈司祭〉より魔法に関する能力が高い。〈司祭〉系の《スキル》が使える。《SP》は、《癒しの光》
※〈魔術師〉:〈魔術師〉系クラス。〈魔術師〉系クラスの基本クラス。〈魔術師〉系の《スキル》が使える。《SP》は、《エナジーミサイル》
笑っている二人の顔が画面に並んでいる様を見ると、まるで親子のようだ。もっとも、髪の色や顔かたちの隅から隅まで、まるで似ていないが。
(初対面の挨拶は、せめて、このぐらいの“笑顔”でやってほしいよなー)
ちらりと、“フェレス”の方を見ながら、『トラッド』は新顔に挨拶を返す。
トラッド――[ニッコリ]と笑い、
「おっ、新顔だな」
ニオ――[ニッコリ]として、
「よろしく! ええと、
トラッドさん、
それから、
フェレスさん」
リメア――[ニッコリ]とした顔のままで、
「同じく、
よろしくお願いしますっ!^^」
トラッド――[ニッコリ]顔のままで、
「いいんだぜ、そんなに堅苦しくならないでも?」
フェレス――“クール”な顔で、
「『さん』などつけなくていい。
名前で呼んでくれていい」
ニオ――[ニッコリ]したままで、
「うん! あんがと~~!」
(何だよ! 新顔には、随分と親切じゃねーかっっ)
いつもと変わらず“クール”ではあるが、フェレスの言葉に、トラッドに対する時のような人を突き放すところは、ない。
(オレと話す時のあの態度は何なんだ……?)
トラッド――[普通]の顔に戻して、
「あれ? ひょっとして、
君たち、オンライン初心者?」
「こいつには気をつけろよーw」とかよっぽど言ってやろうかとも思ったが、いきなりそういうことを言うのもどうかと思い、『トラッド』は、取り敢えず、当たりさわりのない話題を続けていく。
ニオ――[ニッコリ]と笑って、
「うん! オンラインモードは、
今日が初めてだよ~~」
フェレス――“クール”に、
「ということは、オフラインでは
パーティプレイをしたことが
あるということか?」
(そうだな。そういうニュアンスにとれるな)
フェレスの“発言”に『トラッド』はモニター前でうんうんとうなずいた。
“ロード・シーカー”には、ネットワークに接続してパーティを組んで冒険できるオンラインモードと、ネットワークに接続しないでゲームをプレイするオフラインモードがある。オフラインモードには、複数のキャラクターを一人で操作する一人プレイモードとコントローラーを複数接続して友達どうしなどでパーティを組んで冒険ができる複数プレイモードがあるので、おそらく、彼らは、後者のオフラインモードで冒険していたのだろう。
リメア――[微かな笑み]を浮かべ、
「そんなに、たくさんプレイ
しているというわけでは
ないですけど^^;」
トラッド――[驚いた]顔で、
「へぇ、そうなんだ?」
(その割には、チャット慣れしてるような?)
果たしてトラッドたちの推察どおりだったが、コントローラーの入力はともかくとして、キーボードの“台詞”入力のスピードなどは、まるで、初心者らしくない。
そんな感想はおくびにも出さずに、『トラッド』は“発言”を続ける。
トラッド――[微かな笑み]を浮かべて、
「ひょっとして、君たち、知り合いなの?」
ニオ――[ニッコリ]として、
「そうだよ~~。仲良しなんだ~~」
リメア――[微かな笑み]で、
「ええ、そうですね^^」
トラッド――[ニッコリ]と笑い、
「そうなんだ。
じゃあ、もし良かったら、
君たち二人の力を借してくれないか?」
ニオ――[普通]の顔に戻り、
「え? と言うと?」
(言い方が回りくどかったか)
『トラッド』は苦笑しつつ、
トラッド――[ニッコリ]と微笑み、
「パーティー組んでほしいんだけど
ダメかな?」
ニオ――[驚いた]顔で、
「え、いいの?」
フェレス――“クール”に、
「ああ。今日は、
特に誰とも約束していないからな」
トラッド――[苦笑]を浮かべ、
「何でお前はそんな言い方しか
できないんだかw」
フェレス――“クール”に、
「事実だ。本来なら、
初心者などとパーティを組むような
レベルではないからな」
トラッド――[苦笑]を再度浮かべ、
「かーっ! これだよ、これ!w」
リメア――[微かな笑み]を、“ぎこちなく”浮かべて、
「あの、無理して
付き合って
くださらなくても……^^;」
トラッド――[ニヤリ]として見せ、
「いやー、違う違う!
こいつは単にこういう
言い方しかできねーだけだから、
気にすんなってw」
フェレス――“クール”に、
「分かったような口をきくな」
トラッド――[ニヤリ]と笑って、
「はいはい、分かってる、分かってるw」
フェレス――“クール”、
「ちっ。言ってろ」
トラッド――[ニッコリ]と微笑んで、
「つーわけで、よろしく」
ニオ――[ニッコリ]して、
「うん! よろしく~!」
リメア――[ニッコリ]して、
「よろしくお願いしますっ!^^/」
(あっぶねー)
額の汗を拭いながら、『トラッド』はため息をついた。
“会話”だけだと、“トラッド”が相棒の“フェレス”のことを理解しており、こういうロールプレイの“キャラクター”たちなのだという印象を与えるが、実際は、どこまでごまかせるのかとひやひやしながら、上手く会話をまとめようと『トラッド』が孤軍奮闘していたに過ぎない。
(せっかく来てくれたプレイヤーに、不快な思いは、してほしくねーもんなぁ)
『トラッド』は、今日、オンラインデビューだという初心者プレイヤーに、もう二度とプレイしたくないなどと思ってほしくはなかった。できれば、二回三回と遊びたくなるような楽しい体験をして“帰って”ほしかった。
「他人に不快な思いをさせない」
「自分の言動には責任を持つ」
それが、人と付き合うときの最低限のルールであり、どこにいようと何をしようがそれは決して変わることはない、変えてはいけない大原則だと『トラッド』は思っている。
「現実と虚構」
何かにつけて、現実社会とゲームという対比において語られるフレーズではあるが、いったい、何人がそのことを本当に理解しているというのか?
「演じられる」存在である人間が、ゲームという“舞台”の上で「演じる」ということの意味を。
もちろん、『トラッド』自身にも「分かっている」と言えるほどの揺るぎない確信があるというわけではない。
人を傷つけたことがないわけがない。
人を傷つけたいと思うことがないわけでもない。
しかし、
ゲームを言い訳にすることだけは決してしないという覚悟が、この青年には、ある。
「それは、あくまでも自分の責任です」
と言うだけの強さがある。
「ゲームが好きだ」という弱さを持ってしまったがゆえの、そういう何かと引き換えにして手に入れた強さではあるが。
そのせいで、以前、バイト先のゲームショップに来た客が、したり顔で、
「ゲームなんてのがあるから、暴力もなくならないんだ」
と言ったことに対して、
「オレはゲームが好きなんスけど、あんたは、ゲームっていうフレーズが好きなんスね」
と言ってしまい、口ゲンカになったこともある。
我ながら、バカだとは思うが、本当に好きなんだからしょうがないと諦めてもいる。
だからこそ、
同じゲームをプレイしている人間に、一緒にプレイしている他人が、そして、何より、その人間自身がゲームを嫌いになるようなことはしてほしくなかった。
(思うがままに振る舞うのがロールプレイじゃないぜ)
その後も他愛のない雑談をしながら、『トラッド』は目の前の〈魔法戦士〉に心の中で話しかける。
(自分勝手に生きるだけが、素直ってわけでもねーぜ)
とてもじゃないが、照れ臭くて、面と向かってこんなことは言えない。しかし、言いたいのは多分そういうことで、できれば気が付いてほしいと心底思っている。
だから、トラッドは、この“男”とゲームをするのかもしれない。
もう一人の自分、別の可能性。
好きなものを好きと言えず、嫌いとしか言えない、否定しかできない、そういう自分と向き合うため、あるいは、乗り越えるために。
トラッド――[ニッコリ]と笑いながら、
「ああ、オレの“デッキ”レベルは、
110越えてるぜ」
フェレス――[フッ]と笑い、
「さすが、暇人」
トラッド――[苦笑]を浮かべ、
「うるせえよ!w」
『トラッド』は、はた目には“軽口”、しかし、実際は必死に“発言”しながら、そんなことを考えていた。
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