第一章酒場にて②
一瞬後、
「金龍の鱗」亭に、黒い鎧を身につけた長い銀髪の※〈魔法戦士〉がその姿を“現す”。
※〈魔法戦士〉:〈魔術師〉系クラス。〔魔法〕が使える〈戦士〉。〈戦士〉系と〈魔術師〉系の《スキル》が使える。《SP》は《ダブル・アタック》
[フェレス 〈魔法戦士〉 男 “魔”
攻撃力④ 防御力② 魔力④
抗魔力② 行動力⑧ 体力⑭
ランクS]
マスター――グラスを磨きながら、
「いらっしゃい」
“オヤジ”の台詞が画面に表示された後、すぐさま、※プレイヤーチャットの画面が起動する。
※プレイヤーチャット:コントローラーの方向キーやキーボードのカーソルキーなどから入力があった場合、あらかじめ画面に表示されているそれぞれのキャラクターの上半身のグラフィックのすぐ下にある吹き出しに設定しておいた台詞が表示されるシステム。発言のログは、画面右横のウィンドウ画面に表示されていき、一定時間発言がないと画面が消える設定になっている。変更可
トラッド――[苦笑]を浮かべ、
「おーす」
「その他」の※顔グラフィックが設定してある、「方向キーの下を素早く三回押し」て[苦笑]を浮かべながら、トラッドは、おざなりにフェレスに挨拶する。モニター前の『トラッド』の顔にも同時に苦笑が浮かんでいる。
※顔グラフィック:プレイヤーキャラクターのバストアップのグラフィックなので、正式には「キャラクターグラフィック」と呼ぶのだが、表情が主なので、一般に顔グラフィックと呼ばれている
フェレス――[フッ]と笑い、
「いたのか、トラッド」
開口一番にフェレスは、挨拶にはふさわしくない顔グラフィックで、その表情にふさわしい台詞を書き込んでくる。
トラッド――[苦笑]のままで、
「何だよ、いきなりご挨拶だな!」
よりにもよってこいつかよ、とモニターごしに苦笑しながら思わず吐き捨てた『トラッド』の“皮肉”にもまったく動じず、フェレスは、[フッ]と笑った顔から、[普通]の顔に戻すと――新たに顔グラフィックを入力しないと前に浮かべた“表情”のままなので、わざわざ、方向キーの下を一回押して、[普通]の顔グラフィックに戻しているのだろう――淡々と台詞を書き込んでいく。
フェレス――[普通]の顔に戻り、
「お前に伝言を預かって来た」
トラッド――[普通]の顔に戻し、
「伝言? オレにか?」
フェレス――[普通]の顔のままで、“クール”に、
「ああ」
いぶかしげに聞き返したトラッドに、フェレスがいつものように“クール”に発言する。もっとも、“クール”と言っても、クールな顔グラフィックが特に用意されているというわけではなく、顔グラフィックの入力をあまりせず、[普通]の顔のままで淡々と“発言”することを“ロード・シーカー”のプレイヤーたちが便宜上そう呼んでいるにすぎない。現実世界の人間が、あまり表情を変えずに喋るとクールに見えるのと同じことである。
トラッド――[苦笑]を浮かべ、
「相変わらず、“クール”だなあ、お前は」
フェレス――“クール”に、
「そんなことは、どうでもいいだろう」
トラッド――[普通]の顔に戻り、
「で、何だ? その伝言っていうのは?」
フェレス――“クール”に、
「ランバートンたちは、今日は来れないそうだ」
トラッド――[苦笑]を浮かべて、
「マジ?」
フェレス――“クール”に、
「ああ」
トラッド――[苦笑]を浮かべたままで、
「ランバートン『たち』ってことは」
フェレス――“クール”に、
「エミリオもシューレーも来れないそうだ」
トラッド――[苦笑]を浮かべ直して、
「あっちゃあー」
(困ったなー)
心底困って“発言”するトラッドのことなどおかまいなく、いたって“クール”に、フェレスは、台詞を書き込んでいく。
フェレス――“クール”に、
「俺も今日は来ないつもりだったが、
奴らに伝言を頼まれたのでな。
仕方なく来てやったというわけだ。
ありがたく思え」
トラッド――[苦笑]を浮かべ、
「そいつァー、どうも」
モニターの前では思いっきり肩をすくめながら、“皮肉に見える笑み”を入力してから一瞬後、方向キーの下を一度だけ素早く押し、『トラッド』は“発言”を続ける。
トラッド――[普通]の顔に戻り、
「で、この後、お前はどうすんだ?」
フェレス――“クール”に、
「どうもしない。
見たところ、貴様以外、
誰もいないのだろう?」
トラッド――[苦笑]して、
「ああ、見てのとーりさ」
フェレス――“クール”に、
「あと10分待って、
誰も“入って”こなかったら、
今日は帰る」
トラッド――[普通]の顔に戻り、
「そうだな。そうすっか」
フェレス――“クール”に、
「別に、貴様に同意を求めてなどいない」
トラッド――[ムッとした]顔で、
「いいだろ、別に!」
(相変わらず嫌なやつ……!)
思わず、“言い返し”そうになりながらも、かろうじてこらえた『トラッド』は、モニターを睨んで舌打ちする。
フェレスと話すと、いつもこうだった。
この〈魔法戦士〉が“クール”なのはいつものことだが、他の仲間と話す時にはこれほどまでに嫌なやつではないような気がする。
(……何で、オレが目の敵にされんだ……?)
内心ブツクサ言いながら『トラッド』は、他のプレイヤーの参加を待つことにした。フェレスも、その後は何も“発言”せずに“そこにいる”。おそらく、さっきの『トラッド』と同じようにデッキの編集でもしているのだろう。
一週間前の冒険でようやく手に入れたらしい〈魔法戦士〉のSPの《ダブル・アタック SP》でもデッキに入れようとしているのだろうか? それとも、冒険後のネット・トレーディングで手に入れたと三日前、皆に自慢げに話していた、レア・アイテムの『ミスリル・ソード+3』あたりか。
……いや、もしかしたら、ものすごーく可能性は低いが、フェレスと初めて会った時、トラッドが“教えた”(=トレーディングした)〈戦士〉
※《エキストラ・スキル》;手に入れた《スキル》を二つ組み合わせて作ることができる、いわばそのキャラクターの“必殺技”と言える《スキル》。LVは組み合わせたスキルの合計から-1。“デッキ”に三枚限定。名称は≪スキル≫カードを得た者が自由に決めることができる。EXと略される
※《マキシマム・スラッシュ》:トラッドのEX。LV5。《威力強攻撃 3Lv》と《フェイクモーション 3Lv》を組み合わせている
(……ま、んなわけねーか)
我知らず、『トラッド』はため息をついて、銀髪の青年キャラクターを見つめる。
フェレスという“やつ”には、トラッドの《スキル》をデッキに入れるぐらいならこの“ゲーム”を止めてしまいかねないような雰囲気が、どことなく、ある。
(まったく、いったいオレの何がそんなに気に食わねーんだか……)
それは、トラッドがフェレスと初めて出会った時の事だった。
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