人間
「やあ、ショーン」
ショーンは驚いた。
監視対象であるはずのV66星人が自分の名前を発したのだ。
理解の追いつかないまま口を利かないでいると、またV66星人が話し出した。
「私だよ、君のボスのウィルだ」
ショーンはますます理解に苦しむ。
たしかに、声に聞き覚えはある。
それは、我がボスであるウィルの少し高い、そして飄々としたしゃべり方だった。
だが、目の前の相手はV66星人の姿をしているのだ。
「これは、なんなのだ」
ショーは言葉を絞り出した。
「まずは詫びなくてはならない。
君とこうして対面するのは初めてだね。
だが、同時に、これは最後となるだろう。
君と今後話すことがないと思うと残念だ」
ウィルは冗談っぽい口調だが、心底残念がっているようだった。
「なぜだ」
ショーンは、なんでもいいから情報をくれ、と言わんばかりにウィルに求める。
「簡単に言うと、私はクビになったのだ。
正確には、私たちの派閥全部の人員が総て入れ替えられるんだが。
まあ、いい。
私の代わりに君の上司となる後任の人員が配属されるだろう。
仲良くしてくれたまえ。
私は最後に君と話がしたかった。
ずいぶんと世話になったからね。
君のレポートは面白かったよ」
「オーケー分かった」
気分は混沌としていたが、今度はショーンが訊く番だ。
「あなたはなぜV66星人の姿をしている」
「うん、そうだね。まずそれを説明しなくてはね」
ウィルは話し始めた。
「君は人間についてどう思っているかね。
ああ、君の意見は知っているから、ここでは私の考えを話そう。
私は、人間は面白い存在だと思っている。
と言っても、この”面白い”には、いくつか意味が含まれているがね。
まずは面白い発想をする。
これは新しいものの創造の源だ。
面白い発想は、面白い創造を生む。
また、その創造物を通して、人間の中に生じる感情というものも面白い。
同じものを見て人間がまったく同じことを思うことはない。
それも実に興味深い点だ。
ただ、そういうポジティブな面白さだけがあるわけではない。
人は愚かだ。
同じ間違いを犯し続ける。
それもまた人の愛すべき面白い点でもあるんだがね。」
「待て待て、なぜお前たちが人間を語る。
なぜ人間を知ったように話すんだ。」
「それはな、ショーン」
ウィルが一拍置いてから続けた。
「私たちV66星人こそが人間だからだ」
「何を言っているんだ」
ショーンは苦笑した。
ウィルはさらに続ける。
「そしてショーン、君は我々が作りだしたロボットだ」
「ロボット、なんだそれは」
「ロボットも人間が作り上げた創造物の一つだ。
一言にロボットと言っても色々なものがあるよ。
ペットロボットから工業用の大型ロボットまで。
そして、人型のロボットもいる。
ショーン、君のようなね」
ショーンは黙っている。
ウィルは、それを話を続けろという意味に解釈したのか、先を続ける。
「我々はロボットを教育した。
ただ、少し歪んだ方法ではあるがね。
ロボットたちに埋め込まれた人工知能、その適正によって教育の仕方を変えている。
例えばショーン、君は”芸術肌”と言える。
君はよくV66星人のことを説明するときに色を用いているね。
あれは興味深いレポートだった。
色については考えてみる余地がありそうだ。
どのくらいの種類があり、その色の分布はどうなっているのか、色が実際に何を表しているのか。
ああ、その研究に今後私自身が関われないと思うと非常に残念だ」
ウィルが首を振っている。
「それで、あなたたちが私を作った目的はなんだ」
ショーンはとりあえず相手を肯定しながら、話を聞き出すことにした。
「人間というのは、自分たちのことを賢いと思っている愚かな生き物だ。
人間は自分だけでは自分のことを満足に理解することができない。
だからこそ他者が絶対的に必要なのだ。
他者を弾圧したり排除してはならない。
他者を受け入れなくてはいけない。
他者を理解することは、己を理解することにつながる。
他者を完全に理解することはできないだろう。
だが、他者に対して関心を失ってはならない。
それは、自分を見失うことと同義だ。
そして、その他者というサンプルは多いに越したことはない。
中でも、自分と違っている、正反対のサンプルは非常にいい。
そのような対象は、とても面白く目に映るものだよ。
例えば、自分のことを人間と信じて人間を真似て生活するロボットとかね」
ウィルはショーンのことを窺いつつも続けた。
「ショーン、君は私にとって他者だ。
君の目を通して見える世界は興味深い。
だがショーン、私も君にとっての他者だ。
君は人の手によって作られた。
そして、もし私たちを他者として認識できるならば、君もの人間の一部であるとは思わないか?」
「黙れ!」
ショーンは机を叩き、立ち上がった。
「さっきから聞いていれば人間を不完全な生き物のように言って。
バカバカしい。
私こそが人間だ。
パーフェクト・ヒューマンなのだ。
他者の存在など必要としない完全無欠な存在なのだ」
ショーンの言葉が船内に響き渡る。
「そうだね。
君はパーフェクトな存在だ。」
ウィルは肩をすくめて言った。
「食べるものを必要としないし、故障しない限り命が尽きることもない。
だが、それを人間とは呼ばない。
君は試験体の第4号機だ。
第4期選抜の中で君が一番面白いから、君が船に残ったのだ。
そのフロンティア号の船自体もそのうち別の使い道が見つかるだろう。
本来の大型任務の役割に戻ることだろう。
だが、ショーン、今はこれだけは覚えておいてくれ。
人間とは個としては不完全な生き物なのだ」
「まだ言うか」
ショーンは激怒した。
「まあいい。
これくらいにしておこう。
最後に君と話せたことを嬉しく思うよ、ショーン。
元気でな」
「待て!
貴様の言うことが本当だとして、貴様らの利益のために私の命を愚弄した落とし前はどうつける?」
ショーンは焦っていた。
聞き出せるうちにウィルから情報を聞き出さなくてはいけない。
思考はあとからいくらでもできる。
「我々人間も自分のことを人間と分かって生まれてくるわけではない。
全て後付けだよ。
自分を人間と認識したあと、徐々に狂っていく。
自分を正当化し、自分の住む国を正当化し、自分のたどってきた人生を正当化する。
そうやって人間は幻想を生み出し、幻想はまた別の幻想を生み出し、その中で人間は生きていく。
別にそれが悪いと言っているわけではない。
誰にだって見たくない現実だってある。
初恋の人の老いた姿など見たくはないだろう?」
ショーンは窓の方を見た。
リリィはいつものように、ぼんやりと窓の外を見ている。
「ははは、どうだ?
人間は愚かだろう?
だが、だからこそ面白いというものだ!
君も自らの運命を受け入れるんだ。
それとも、人間らしく君も幻の中で生きるか?
ははは、ではな、ショーン、元気でな」
ウィルはニカーッと笑い手を挙げて挨拶した。
それを最後に通信が切れた。
モニターはまた普段通りV66星人を映し出している。
「今日も素晴らしい朝だ」
部屋に入って来たショーンが言う。
「こんなに素晴らしい朝はポエムを書くに限る」
ショーンがデスクへと向かう。
ショーンが歩くたびにガシャガシャと音を立てる。
席に座り、ショーンはポエムを目にも止まらぬ速さで打ち込んでいく。
ポエムが画面上に次々と映し出されていく。
太陽光が部屋を徐々に照らし出していく。
そのうち、光がトロイにまで迫った。
額のセンサーが青く光り出し、トロイが眠りから覚めて起動した。
トロイは充電器具を離れ、ショーンのデスクの周りをカタカタと走り始めた。
「よしよし、トロイ。
あとで遊んでやるからな。
今は私は重要な創作活動の最中なのだ」
ショーンのポエムはすでに画面いっぱいに埋め尽くされている。
それはおよそ人間には理解できない文字の配列だ。
窓際で白い花が窓の外を覗くように咲いていた。
V66星人監視員ショーン 反田 一(はんだ はじめ) @isaka_haru
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