V66星人監視員ショーン
反田 一(はんだ はじめ)
V66星人監視員ショーン
「今日も素晴らしい朝だ」
ショーンは一人つぶやいた。
朝といっても通常の朝とは違う。
宇宙船の窓から見える大きな星。
その星の向こうから太陽が顔を出す。
強烈な陽の光がこの星を照らしている。
V66。
そして、そこに住む生物をV66と呼んでいる。
この星には多くの種の生物が生息しているが、ショーンの監視対象はその中の一種類だけだった。
よって、その生物を星の名前と同じコードで呼称することにしている。
「さて」
窓の外からのぬくもりを感じながら、部屋の中央にある自分のデスクへと向かった。
ショーンがこの宇宙船に配属されてから久しい。
ショーンの仕事はこの異星人たちを監視することだった。
彼らをモニターし、彼らの行動を本部へ報告する。
それがショーンの仕事だ。
ショーンは、彼の仕事が気に入っている。
見たことを報告するだけであれば誰にでも務まる仕事だ。
それだけが業務内容だったら、ショーンもやりがいを感じることはなかっただろう。
ただ、この報告にはショーン自身の考えこそが重要視されるらしいのだ。
最初の頃は、事実だけを報告書に書き記していた。
むしろ、ショーン自身の意見は徹底的に排除していた。
本部が求めているのはそういうものだと思っていた。
それが”できるヤツ”の報告書というものだろう。
だが、どうやら違ったらしい。
報告書を本部へ送ると、決まって「君はどう思うかね?」とボスのウィルから返信が来る。
ショーンはその返信が来るたびに、自身の見解も後から報告した。
そんなやり取りが何回か続いた頃から、ショーンは報告書に自身の意見も添えて提出するようになった。
見たままを報告するよりも、ショーン自身の考えの方が文量が多くなることも、少なくなった。
ショーンは自身の感性のまま、想像力に任せるままに、思ったことを筆に乗せた。
ショーンは、自分のことを、”センスのある人間”だと思っている。
「今日も素晴らしい朝だ」
ショーンの最近の趣味はポエムを書くことだった。
朝日を浴びるといいインスピレーションが生まれる気がする。
「よし、できた」
ものの数秒でポエムを書き終えて感慨に浸る。
すると、トロイが足元へ寄って来た。
どうやら愛犬も陽の光を受けて起き出したようだ。
ショーンの周りをグルグルと走り回っている。
さらに、目の端にリリィが見えた。
いつも通り、静かに窓の外を眺めている。
リリィの物憂げな表情が、窓の向こう側に反射して見えている。
ここ最近、リリィと会話をしていない。
宇宙船の中での共同生活だ。
距離感も大事だということを、ショーンは長年の経験で理解しているつもりだった。
ただ、どちらにしろ、ショーンは今の状況にかなり満足していた。
ショーンはリリィの姿を見ているだけで満足を感じていたのだ。
改めて、ショーンはデスクに向かい合った。
目の前に12のモニターが並んでいる。
その全てがV66の動向を映し出している。
そのうちの一つを注視した。
ショーンと同じように朝を迎えたV66星人がワラワラと寝床から湧き出て活動を開始した。
それは、奇妙な生き物だった。
彼らはそもそも生物としてはまったく非力で肉体的に弱い。
そんなハンデがあるにも関わらず、さらに不健康な個体も多い。
生物としての寿命が尽きる前に、その他の要因で死ぬこともある。
不可解なのは、彼らに知能が備わっていることだ。
他の生物とは違った生き方ができるし、その気になれば本来の生物としての生き方もできるはずなのだ。
彼らには知能がある。
それもどうやら普通の知能ではないようなのだ。
彼らには内なるエネルギーが備わっている。
それが、高い頻度で爆発するのだ。
すさまじいエネルギーだ。
彼らの普段の様子からは想像もできないほどのエネルギーを検知できる。
そのエネルギーは、彼らの知能によって生み出されたものをきっかけに発生する。
だが、詳細は不明だ。
どの個体が爆発的なエネルギーの元となる知能を発揮するのか分からない。
見た目はまったくといって良いほど大差がない。
その個体が特別生物として優れているわけでも、あらかじめ優れて生まれてくるわけでもなさそうだ。
だとしたら、全ての個体が同等のエネルギーか、あるいはそれ以上のエネルギーを生み出す力を潜在させていることになる。
そうなのだ。
こんなに優秀な知能を有していながら、それを発揮しているのは全体の数パーセントほどでしかない。
それはなぜか。
全ての個体が同等の力を発揮することを避けるようにもともと設計されているのか。
それとも、個々の個体が自らの潜在能力を自覚していないのか。
おかしな話だ。
この生物には知能があるはず。
それなのに自らの中にあるものにも気づくことができないのか。
たしかに、彼らは妙なのだ。
若い個体は実に様々な色のエネルギーで満ちている。
だが、生物として成熟していくにつれて、彼らのエネルギーは全て似たような色に染まっていくのだ。
これは非常にもったいないように感じる。
なぜこのような変化が起こるのか。
個体としてはユニークでも、同じ種族と長く交わることで色が鈍るのかどうか。
もし我々がこのV66を利用するのであれば、若い個体ということになりそうだ。
最近は色のことを上司のウィルに報告している最中だ。
気づけばV66たちは一日の活動を終えてそれぞれの巣へ戻って行く。
「ふう」
V66の活動の終わりはショーンの監視活動の終わりを意味する。
ショーンはモニターから視線を外す。
部屋を見渡す。
愛犬のトロイは壁際の定位置に戻って眠っている。
リリィは相変わらず窓の外を眺めている。
静かだ。
だが、嫌な静けさではない。
これはショーンが求めていた静けさだ。
以前は他にも同僚がいたが、4人ともこの船を去った。
4人が一度にいなくなったのだ。
そりゃ船の中が静かになるものだ。
ショーン自身の能力を買ってくれたウィルのおかげだ。
そのおかげで、このような生活をさせてもらえている。
ありがたい限りだ。
そんなことを思っていた。
どうやら、ショーン自身も活動限界のようだ。
陽の光を失った部屋の中は暗い。
静けさが、辺りを包み込んでいた。
静けさの向こう側から音が聞こえてくる。
「ビー!ビー!」
耳慣れない音にショーンは覚醒した。
それは通信を知らせる音だった。
しかし、いつもショーンが使っている通信とは違う。
「なんだこれは?」
こんなことは初めてだった。
通信の出どころは、どうやらV66からのようなのだ。
ショーンは面食らって少しの間動くことができなかった。
だが、意を決して、その通信に応えた。
ピッ。
ボタンを押した瞬間、V66星人の姿が画面いっぱいに映し出された。
「やあ、ショーン」
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