第三話 タカナシ特製の激辛鍋

真ん中に鍋を置き、皿を二つ横に置く。



「さあ、アキ特製、野菜たっぷり激辛鍋の登場ぉ〜」



元気の良いタカナシの声と共に、鍋の蓋が開けられ、勢いよく湯気が飛び出してくる。



中を見てみると、真っ赤なスープに白菜、豆腐、ネギ、きのこ類の野菜の他に、豚バラや鶏ももなどの肉類もゴロゴロ入っている。



「おおおおお」



俺も思わず声を上げる。



「ベースはキムチの鍋だよ。そこにちょっとだけ魔法の赤い粉をたくさん入れちゃったんだけどね♪」



タカナシは言った。



「では、いただきます」

「どうぞどうぞ〜」



見るからに辛そうではあるが、この匂いに既に食欲がそそられている俺は、箸を手に取り、口に運んでみる。



口に入れて3回ほど咀嚼したと同時に、猛烈な痛みが口の中に広がる。



「か…からぁ」

「あ、やっぱちょっと辛過ぎた?」

「死ぬほど辛いっす」

「どれどれ…」



俺が真っ赤な顔をしながら食べているのを見て、タカナシも一口。



「ん…? 特に辛くはないと思うけど」

「えぇ? おかしいっすよタカナシさん」

「もっと辛いの食べたことあるよ私、本場で」

「本場って?」

「これ、韓国の有名な料理よ、お店でも家庭料理でもよく食べられてる」



タカナシはそう言うと、キッチンから『韓国風プデチゲの素』という袋を持ってきて俺に見せた。



「プデ…チゲ」

「プデは韓国語で部隊。チゲは鍋っていう意味ね。朝鮮戦争が終わった時に、アメリカ軍から流れてきたソーセージを、韓国伝統のキムチ鍋に入れて食べ始めたのがキッカケね」


「へえぇ、詳しいっすね」

「うん、ウチ韓国よく行くんよ、アイドル好きだから」



タカナシはそういうと、自分の携帯のロック画面を俺に見せてきた。ばっちりメイクした小顔イケメンの写真が壁紙に使われている。



「ほら、イケメンでしょ? もうライブ行った時は日頃の鬱憤からなんやら全てが吹っ飛ぶのよね」

「ほうほう」

「あ、ごめん話し過ぎちゃったね。ほら、早く食べちゃって」



タカナシは俺のお椀を取って、大量に具を入れた。



最初は辛くて舌の先がヒリヒリしていたが、段々と舌の感覚が無くなってきて食べれるようになった。そして普通に味が良い。



2人で具を半分以下にまで減らした時、タカナシは袋に入ったインスタント麺を鍋にぶち込んだ。



「なんすか、それ」

「見ての通り、ラーメンだよ」



タカナシは菜箸で麺をスープに沈めながら、ほぐしている。



「ちょっとこれ、混ぜといて」



タカナシはそう言って俺に菜箸をパスすると、キッチンに物を取りに行った。



「ジャジャーン! おいしさ倍増! シュレッドチーズ様のおなぁ〜りぃ〜♪」



タカナシが持ってきたのは冷凍チーズの袋だ。袋を開け、麺の上にぶちまけた。



固まったチーズがあっという間に溶けて、部屋中がチーズの匂いに包まれた。



「さあ、食べちゃって」

「いただきます」



先程入れた麺にチーズを絡ませて食べる。また違った味がして旨い。



「うまいっす」

「よかったあ」



タカナシは自分でもラーメンをすすり、美味しそうな顔をしている。



運ばれてきた時はこの量を平らげられるか少々不安ではあったが、あっという間だった。



「はい、デザート」


タカナシは冷蔵庫から杏仁豆腐を持ってきて俺に渡した。


「てか、足痛かったらソファ座って良いよ」

「いや、大丈夫っす」

「いいからいいから、なんか私だけ座ってるの変な感じ」



俺は半ば無理矢理ソファに座らされた。



「思ったんだけど、ワタくんの仕事って、夜勤?」

「いや、違います」

「ありゃ、じゃあトレーダーとか?」

「それも違います」

「じゃあ、何かの配信者?」



ううん。ちょっと近くなったけど、、まだ違う。



「まあ…、一応ブロガーです」

「ええ、ブロガーなの? スゴイじゃん!」



タカナシは俺の肩をポンと叩いた。



「すごいよ、広告で食べれる人、ウチすごい尊敬する」



尊敬。俺が生きてきた中で初めてかけられた言葉である。思わず照れてしまう。



「ああ、あざます」

「ぶっちゃけ、どれくらい稼いでるの?」

「そんな、何とか食っていけるくらいっすよ」

「いやあ、普通はそんぐらい稼げないよ、すごい」



タカナシは目をキラキラさせている。



「それで…、彼女とかは?」

「…ん? いや、いないっすよ」

「そんなに才能あるのに? 嘘ついてる?」

「ほんとっすよ」

「ふーん…」



部屋に沈黙が流れる。




「じゃあ、私が彼女になってあげようか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間不信である俺の家によく配達に来る宅配便の姉ちゃんが彼女になった にゃんちら @nyanchira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ