第二話 タカナシは珍しい人種

中は、簡易的に作られた段ボールの机を取り囲むように、段ボールの山が積み上がっている。



段ボール机の上には、朝食べたのであろうか、パンとサラダのゴミが置いてある。



「あっ、これは見なかったことにして」



女性は机の上に置いてあるゴミを今更ながら集めて捨てた。



「よし、じゃあ…あっ、てか自己紹介がまだだったね、私、アキって言います。苗字はタカナシ、小鳥遊びって書いてそう読む。名前はカタカナね。あなたは?」

「ゲンキです」

「ゲンキくんね、苗字は…あの、えーっと覚えてるかも……いや、忘れちゃった」



タカナシがそう言うのも無理がない。そう、彼女の仕事は1日にいろんな家を回って荷物を届けるものだ。大量の苗字と出会っているだろう。



「ワタライです、渡るに会うって書いて」

「渡会ゲンキくんね、ゲンキは普通の元気って書く?」

「そうっす」

「ふぅーん。まあワタくんって呼ぶことにする。私はアキでも小鳥遊たかなしでも好きに呼んで、これからよろしくね」



タカナシは手を差し伸べてきた。俺はその手を握る。冷たい。



「今、こいつ手冷てーな、って思ったでしょ? 顔に出てるよ」



タカナシはニヤニヤしている。



「まあ、いいや、とりあえずまずそのエアコンの下の段ボールから開けます。取ってくれる?」



言われた通りの段ボールを取って、タカナシに渡した。



「んーっとこれは…洗面所かな? 後でいいや。さっきの段ボールがあったとこの下のやつ取ってくれる?」



また言われた通りに段ボールを取り、渡そうとしたが、タカナシの受け取り方が悪かったのか、下に落として中身が出てきてしまった。



床いっぱいに広がる女性ものの下着。



「み、見るなぁぁ」



タカナシは咄嗟に俺の顎を掴んで上に向かせた。



「急いで証拠隠滅するから、キツイと思うけど少しその角度でいて」



タカナシはそう言って手を俺の顎から話すと、足元でゴソゴソとやり始めた。



「終わったからいいよ」



タカナシが言ったので、顔を前に向き直した。



「ていうかワタくん、全然喋らないね、何か考えてるの?」

「いや…特に何も考えてないです」

「うるせーやつだなとか思ってるんでしょ?」

「いや、そうだとは思わないすけど…」



タカナシは作業する手を止めてこちらを見た。



「けど…何?」

「いや、会ってから30分くらいしか経ってないのに、なんというか…」

「馴れ馴れしいってこと?」

「いや、そうではないんですけど、なんか、コミュ力高えなあって思ってます」



タカナシは頭をポリポリ掻いて、



「やっぱ馴れ馴れしいかあ…いきなり来てちゃんとした挨拶もしないで、今こうやって片付け手伝わせちゃってるからなあ…」



と言った。



「いや…ちょっと展開早くてビックリしただけなんで…」

「嫌なら本当言ってね。ちょっと焦ってて勢いで声かけちゃったから」

「いや、まあ…全然暇なんで、いいっすよ」

「……本当? じゃあこういう珍しい人種も居ると思って接してくれたらありがたいな」



タカナシは微笑んで言った。



そこから同じような作業を繰り返し、部屋の床が見え始め、しばらくして部屋の中のすべての段ボールが無くなった。



「ふう…、もう大方片付いた気がする、ありがとね」

「いえいえ、残りはいいんすか?」

「いいよ、あとは1人で大丈夫そう。結構手間取らせちゃったね、なんかお礼します」

「いや、それは大丈夫っす」

「いやダメだよ、タダ働きは。んんっと…ご飯食べてく?」



まだ会ってから少しだけだが、なんだかタカナシは引けない性格な気がする。どこかで折れないと先に進まないなこれは…。



まあご飯なら…どうせ昼もパックご飯の予定だったし、作ってもらえるならありがたいかも。



「じゃあ、お願いします」

「わかった、任してぇ」



タカナシは元気よくキッチンに消えていった。



この部屋は俺の部屋と作りが全く一緒である。玄関を上がったらすぐ横にトイレ、その隣に風呂場がある。



リビング以外の部屋はそれだけであり、キッチンはリビングと合体しており、部屋全体を見渡せる構造になっている。



キッチンからは包丁で何かを切ったり、何かを炒めたりする音が聞こえるが、手元は見えないので、何を使っているかは不明だ。



「ワタくん、辛いの大丈夫?」

「大丈夫っす」

「じゃあ、じゃんじゃん辛くしちゃうよ〜」



タカナシは元気そうに言った。



「後これ、テーブル拭いといてくれる?」



タカナシはそう言うと、布巾とアルコールが入っている霧吹きを投げてきた。咄嗟のことで驚いたが無事にどっちもキャッチした。



テーブルといっても何か大きな棚でも入っていたかのような段ボールをひっくり返して、その上に透明なビニールを被せているだけのものだ。



霧吹きでサッと拭いて、邪魔にならなそうなところに置いた。



「出来ましたぁ」



タカナシは大きめの丼ぶりを2つと、デッカい鍋を持ってきた。



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