第一話 今日から隣人です

今日もアパートの一室で、ひたすらゲームに打ち込んでいる。これもブログのネタにするための立派な作業であり、仕事のためなのだ。



ピンポーン。



ベルが鳴った。きっと宅配便だ。



家に篭りがちの俺は、生鮮食品以外の日用品は全てネットで購入している。そのため、1日に2、3回ほど宅配便が来ることはザラにある。



扉を開ける。



「宅配便でぇっす、ハンコお願いします」



元気の良さそうな若い女性だ。茶髪のポニーテールで、パッチリとした目が印象的だ。



俺は玄関の靴箱の上に置いてある応対セットの中からハンコを取り出して、女性が差し出している紙の所定のスペースに押した。



「ありがとうございます、では失礼します」



女性は紙を受け取ると、パパッと階段の方に消えていった。



部屋でブツを開けてみると、洗剤とトイレットペーパーだった。



段ボールが溜まっていくのが好きではないので、すぐに中身を収納にしまった。



その後部屋の隅に設置してあるゲームスペースに戻り、ゲームを再開した。



しばらく経った頃、もう一度ベルが鳴った。



扉を開けると、先ほどの女性がまた立っていた。



「宅配便でぇーす、あ、、また会いましたね」

「は、はい」



俺はまた差し出された紙にハンコを押した。



「よく利用されるんですか」

「はい、引きこもりなので」



俺がそう言うと、彼女は、



「私もですよ、休日は家でダラダラしてます」

「はあ、そうですか…」



俺の言う引きこもりはインドアであるということを言っているのではない、外部との接触を断ちたいがためにこうしているのだ。



「すみません、余計な話しちゃって、これにて失礼します」



女性はペコッと頭を下げると、勢いよく階段を降りていった。



部屋に入り、ブツを開けると、今度はペットボトルのコーヒーが大量に入っていた。これも集中してゲームをするためのものだ。



一本だけ残し、残りをキッチンの上の棚にしまうと、その一本を開け、ラッパのみをした。



さて、ゲーム再開だ。今日は集中力がなくて全然ストーリーが進んでいない。やらなければ。



俺は時間も忘れ、打ち込んだ。



★ ★ ★ ★ ★



ジリリリリ…



朝は決まってこの音で目覚める。



俺は大きい音があまり好きではない。大きい音を聞くと、鳥肌が立ってイライラする。



しかし俺は寝ようと思えばいくらでも寝てしまうので、こうでもないと目覚めることができない。



寝てばっかりでは何も生み出さず、ブログの更新が追いつかず、広告が回らず、いつかは路頭に迷う。



そんな心配があるのか、毎朝決まった時間に起きる。これだけは自分に課している。



朝は、決まって200gのパックご飯と、インスタントの味噌汁、目玉焼きとベーコンという簡単なもので済ませる。



ご飯に時間をかけたくないので、テレビも見ずに一瞬で食べる。



食べた食器を水につけておくと、今度はゴミ出しの時間である。



市区町村指定の薄緑色のゴミ袋がパンパンになっているので、中に押し込んで縛る。



それを持ち、外に出て、階段を下る。一階のポストの前がこのアパートのゴミ捨て場だ。



金属製のカゴをあけ、中にゴミ袋を放り込む。しかし今日はいつもよりゴミが多いのは気のせいだろうか。



そのまま階段を登り、自分の部屋を目指そうと歩いていると、2階の端にある俺の部屋の一個手前の部屋の扉が開いた。



少しすると、中からゴミ袋を両手に持った女性が出てきた。俺の方に向かってきて、目が合う。



「あっ」

「あっ」



どこかで見たことあるような見た目、茶色の髪、ポニーテール、ぱっちりとした目。



俺は最近よく来るようになった宅配便の女性だとわかった。しかし先に話しかけてきたのは向こうであった。



「こんちは、あれ、もしかしてお隣さん?」

「おそらく…」

「今日暇だったりする?」

「まあ…」



そんなに暇に見えているのだろうか。一応仕事はしているというのに。



まあこんな平日の昼前に家にいるのだから、何かしら変わった仕事をしているのだろうとは思われているのかもしれない。



「ちょ、ちょっと待っててね、これ捨ててくるから」



女性はそう言うと急いで階段を駆け降りて、1分もしないうちにすぐ戻ってきた。



「あのね、お願いがあります」



女性はタメ口と敬語が融合した特殊な言い方をする。これから頼み事があると言うならオール敬語で行くべきだろう。



「なんでしょうか?」

「ちょっと手伝って欲しいんだけど…」



女性は両手を顔の前で合わせて言った。



「何を?」



俺が言うと、女性は自分の部屋のドアを開け、こっちに来いと手招きした。



女性の後に続いて部屋に入ると、廊下から部屋の奥までびっしりと段ボールの山が連なっていた。



「今日の朝、越してきたんだけど、明日からまた仕事だから、今日中にこの荷物を片付けたいの、お礼はするから、お願い。ねえ、いいでしょ?」



女性はまた両手を顔の前に合わせて言った。



まあゲームをしなければならないと言っても、漫画家とかと違って締め切りがあるわけではない、自分の好きな時間にやって、適当に投稿しているだけだ。



まあ、これからご近所さんになるのなら、関係はできるだけ良好に保ちたいものだ。



「まあ…いいっすけど」

「やったあ、ありがとう。じゃあこのスリッパ履いて、中に来て」



女性が足元にスリッパを用意すると、俺はそれに履き替え、部屋の奥まで入っていった。

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