私の本、知りませんか?

嶋田ちか

大切な本

「私の本見ませんでしたか!?」


女性のかわいらしい声が本屋に響き渡った。


「そんな事言われてもちょっと心当たりないですねえ…」


レジのおじいちゃんが困ったように頭を搔く。


どうやらあの女性は、先ほど購入した本をそのまま店に置き忘れて無くしてしまったようだった。


「お願いします!どうしても必要なんです!」


ここからでは表情が見えないが、必死な様子は伝わってくる。


最後の1冊だったのだろうか?


少し歩けば本屋なんていくらでもあるだろうに。


そんな事を考えていると今度は別の怒鳴り声が聞こえた。


「あんたいい加減にしろよ!こっちはさっきからずっと並んでんだから、買う気がないなら早くどけ!」


女性の後ろに並んでいたサラリーマンが痺れを切らした。

かれこれ5分はレジ前で揉めていたから、怒るのも無理はない。


「ご、ごめんなさい…」


そう言って女性はレジを離れる。色白で声の印象通りかわいらしい顔立ちだった。


目に涙をためた彼女は、もう一度店内を一周し、何も無いことを確認して本屋から出ていった。


どんな本を探してたのだろうか。

少し気になりつつも、自分も次の予定が迫っている。


よいしょ、と床に置いていたビジネスバッグを持ち上げた時だった。


ガサッ


何かが入ったビニール袋が床に倒れた。


どうやらバッグと本棚の間に挟まっていたらしい。


なんだなんだと中を除くと一冊の本と一通の封筒が入っていた。


その瞬間、先程の女性の顔がよぎる。


気づけばビニール袋を持って走り出していた。


まだそんなに時間は経ってないし遠くには行ってないはず。


辺りを見回す。



「あの、すみません!本探してた方ですよね!?」


本屋を出てすぐの公園に彼女がいた。


ところどころ濡れている水色のタオルを握りしめベンチに座っていた。


「これ、もしかしてあなたのですか?」


差し出したビニール袋に彼女の顔がぱあっと明るくなる。


「そうです!ありがとうございます!」


と、とびきりの笑顔。


「そんなにレアな本なんですか?」


興味本位で聞いてみると、彼女は恥ずかしそうに


「初恋の人が書いた本なんです。ずっと昔のことだから彼は覚えてないだろうけど、たくさん助けてくれた人で。

今日がサイン会だって聞いていて、彼に会えるって思ったらいてもたってもいられなくなっちゃって。

ラブレターなんか書いちゃったんです。アホですよね。」


「それで封筒が入ってたんですね」


彼女はかわいく頷く。


「見つけてくださってほんとにありがとうございました!

想い伝えてきます!」


そう言って走り出す彼女の背中を見送り、自分も次の予定に向かう。


「そうだ、サインペンの予備買っておこう」
















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私の本、知りませんか? 嶋田ちか @shimaenagon

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