Edge of Ouroboros

I.

 鋭い爪や牙を身につけた闇の住人たちと違い、人間の「武力」とは、おもに所持している武器の性能に依存している。


 ウロボロスの調停官もまた、か弱き人間であるがゆえに、職業上、強い武器が必要だった。


 そこで、闇の住人たちの同意の上、左右の手にひとつずつ研ぎすまされた刃を持たされた。


 片方は吸血鬼ヴァンパイア、もう片方は人狼ワーウルフ


 現在それを務める者の名を「ヨル」と「シンラ」という。




 調停官の一方の刃であるヴァンパイアのヨルは、高い建物の上から事の次第をながめていた。

 彼に気づかず地上で下卑た言葉を放っているのは、ふたりのヴァンパイアである。

 ヨルはおなじヴァンパイアとしてその会話を苦々しく聞いていた。

 そのとき、べつの方向から彼の職業上の主人が、もう一方の刃を引き連れてあらわれた。




中編

Edge of Ouroboros




 依頼人のワーウルフのガルシアと調停官のサディが握手を交わしたとき、棚の陰から青年がひとりあらわれた。

 長身で、細身だが引き締まった筋肉をしているのが服の上からでも見てとれる。

 ガルシアは、そのたたずまいだけで『同族』であることを察知した。


「仕事か?」


 たてがみのように伸びた暗灰色の髪を無造作に首の後ろで束ねたワーウルフは、その前髪の隙間から鋭い眼光をのぞかせて低い声で調停官に尋ねた。


「ええ、ヨルは?」


「わからん、だが近くにいるだろう」


 先程からの会話で、さらにもうひとり仲間がいるのはわかる。

 ウロボロスの条約からすればヴァンパイアだろう。

 ヴァンパイアにしても、あらわれるまで気配をまったく察知させなかったこのワーウルフにしても、ただ者でないことは間違いない。

 それ相応の実力者が調停官の両脇を固めているのだろう。


「では、行きましょう。ツキ、留守をお願いね」


「え、あたしは留守番なの?」


「店番がひとりは居るでしょうから」


「えー、シンラじゃ駄目なの?」


「オレは金勘定は得意じゃない」


「だったら、この機会に勉強しなさいよ」


 ごねてはみたものの、荒仕事になれば、自分の戦闘力に不安があることはわかっているので、ツキは不承不承留守番を引き受けた。


「ああ、待ってくれ、一応上着も持って行くよ」


 ガルシアは一旦もとのテーブルに上着をとりに戻ったので最後尾になった。そして、気づかれないように棚にあった液体の瓶をそっと上着に包んだ。




「調停官はおっかねえ魔女だと聞いていたんだがな」


 裏口に向かう通路を歩きながら、ガルシアはツキにそっと耳打ちした。


「ここでは何事も見た目だけでは判断できないわよ」


 ツキは発達した犬歯をちらりと見せて笑った。

 調停官にはヴァンパイアとワーウルフ、それともうひとり、その他の種族の補佐がつく。ガルシアが見たところ、ツキは『キャットピープル』のようだった。

 裏口に着くと、先頭を歩いていたシンラが扉を開けた。

 ツキを残し、三人が外へ出る。


「サディ、本当に気をつけてね。危ないことは専門家に任せるのよ」


 調停官は、心配そうに声をかけるツキに小さくうなずくと、「あとをお願い」と言って歩き出した。


「シンラ、サディにかすり傷ひとつでも負わせたら承知しないわよ」


 ツキは続くワーウルフにきつい口調で念を押した。


「ああ」


 寡黙そうな青年は、その見た目通り最小限の語句で応えた。





 いつものように街は薄暗く、通りに人気は無い。


「ヨルは?」


 調停官が尋ねると、シンラが顎を上げた。


「あそこだ」


 視線の先を見上げると、建ち並ぶ建物の中の一際高いものの上に、長身の青年が長い黒髪とおなじ色のコートをなびかせて立っているのが見えた。

 まったく気配を感じさせず、いまにも暗い空へ溶け込んでしまいそうだ。

 彼はこちらではなく、べつのものをじっと見下ろしていた。

 合流する気はなさそうだった。




「あんた……シンラって言ったっけ? 部族は?」


 ガルシアは入り組んだ路地を若いワーウルフと並んで歩いていた。


「『ウィンドトーカー』だ」


 ワーウルフは十三の『部族』に分かれている。

 ウィンドトーカーはひとところに定住するのを好まない「流浪の民」と言われていた。


「一匹狼が人間の下で働くなんて意外だな」


「物好きなのさ。あんたは?」


「『ストーンウォーカー』だ。都会派だぜ」


「ストーンウォーカーか……」


 ストーンウォーカーは確かに街に住む者が多いが、ガルシアのように身なりの良い者はめずらしく、大半は浮浪者か痩せ細った野良犬のごとく骨をかじるような生活をしている。

 しかし、そのほとんどは社会の底辺に居ながら、なお誇りを失わないタフネスばかりである。


「あっちのコウモリの旦那は?」


「『デュークス』だ」


「へぇ、貴族かよ、これまた意外だな」


 ヴァンパイアもまた十三の『氏族』に分かれており、デュークスはその中で最も高貴な者であると自らを称していた。

 ガルシアが「意外」と言ったのは、その高貴な一族が黙って人間に使われているからであろう。

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