II.
「居やがった!」
「仲間を連れてきたのか?」
少し広い通りに出ると、第三者の声がした。
ヨルが見下ろしていた辺りからである。
薄暗がりの向こうにふたつの影が揺れている。
「俺を襲ったのはあいつらだ」
ガルシアが左腕の怪我を包帯の上からさすった。
「細いほうは『サイレント・アサシン』あっちのごついのは……見ての通り『レッドタロン』だ」
サイレント・アサシンは「最凶の暗殺者」と呼ばれるほど戦闘能力に長けた氏族である。
レッドタロンもまたヴァンパイアの中では最も武闘派で、大きな体格の者が多いと言われている。
ふたりのヴァンパイアが近づいて来ると、サディが一歩前に出た。
ヴァンパイアがその気になれば、人間など一瞬で絶命させることができるが、まったく物怖じしたようすはない。
「あなたたちが、こちらのかたに危害を加えたそうだけど?」
「だとしたらどうする?」
「ウロボロス条約は知っているわね?」
「知っているとも、俺たちの行動に人間ごときが口を出すことじゃないってことをな。おめえ、なんだ?」
「ウロボロス調停官よ」
「『黄昏の魔女』か……こんなに可愛らしいお嬢ちゃんだとはな。おっかねぇババアだと聞いていたが」
「それは先代よ」
調停官はふたりのヴァンパイアの認識を正したが、先代に対する評価のほうは否定しなかった。
「うまそうだな」
男たちは唇の端を吊り上げて、下品な笑い声を漏らした。
「恥さらしどもが……」
なりゆきを見下ろしていたヨルは、吐き捨てるように呟いたあと、レンガを蹴り、高い建物の屋上からふわりと地上に降り立った。
「サディ、俺がやってもいいぞ」
長いやや癖のある黒髪とコートを軽く直しながら調停官の隣に並ぶ。
「なんだ、お前ヴァンパイアだろ。俺たちの仲間じゃないのか?」
「仲間さ、だから気高きヴァンパイアの恥が外部に知れ渡らぬうちに片付けようというわけさ」
サディが二人組を見たまま、軽く片手を上げ、ヨルを制した。
「大きな争いに発展させないために、わたしたちが仲介することもできますが」
それこそが、ウロボロス調停官のもっとも重要な役割である。
しかし、男たちは嘲笑で応えた。
「大きな争いに発展させたいのさ」
「今度こそ、犬畜生どもを根絶やしにしてやる」
「サディ、言っても無駄のようだぜ」
シンラが言うと、調停官は残念そうにうなずいた。
こういったトラブルは後を絶たないどころか、近年増加する傾向にある。
とくにウロボロス戦争の教訓を忘れつつある若い世代に多いようだ。
しかも、単なる喧嘩ではなく、抗争を広げようとする意思が明らかに感じられる。
個人の思いつきではなく、ヴァンパイアにもワーウルフにも組織立ったものがあるのかもしれない。
サディがそのことを
「さあねぇ、犬っころのことまでは知らねえな」
自分たちのことは否定しない。
「あんたが来る前にこいつらが話していたが……」
ヨルが口を挟んだ。
「どうやら、再び戦争を起こそうとする連中が居るのは間違いないようだぜ」
サディは黙ってうなずいた。
一度、双方のリーダーと話してみる必要があるのかもしれない。
ワーウルフの部族長たちは、人間嫌いだがウロボロスの協定には理解がある。
問題はヴァンパイアのほうだ。
(サードエルディアス)
サディはその名を思い浮かべると、一度も会ったことがないのに背筋が寒くなった。
サードエルディアスとは個人の名前ではなく、「第三世代」とも呼ばれる現存するなかで最も古いヴァンパイアたちの総称ある。
それぞれの氏族の長である彼らは、普段は長い眠りにつき、居場所どころか生死さえも不明なものが多い。
しかし、その影響力は眠っていてさえも世界に災害や恐慌を起こすほど強大であると言われている。
調停官を務めていれば、いつかは彼らに相対せねばならないだろう。
だが、それよりもいまは当面の問題が先決だ。
サディはふたりのヴァンパイアにもう一度警告したが、返答は変わらなかった。
「何度聞いてもおなじことだ。人間ごときに――そして、人間に使われる闇の住人ごときになにができる」と笑うばかりである。
「再び戦乱の火をおこそうとする愚か者ども……どうしても争いをやめないと言うのなら」
サディは前方のふたりを、その嘲笑が消えてしまうほどの眼力で睨み据えた。
「ウロボロスの盟約に基づき、刑を執行します」
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