去り行く面影を追って
月山けい
あるいはそれは天啓で
はたと気付くことがあった。
この手は戸棚から本を抜き去ろうと、背表紙の頭にそっと添えられている。そうして少し首を傾げさせたところで、脳裏に過るものがあってふと動きを止めてしまった。
自分はいつもいつも似たジャンルの物ばかり読み漁っていないだろうか。
こうして手を掛けているものは、流行り物とはほとほと縁遠い内容の物。店内に引っ提げられている最近の売れ筋の広告にはどうしても食指が伸びないし、それを見て興味こそ湧く時があってもそれはやはり興味本位の域を出ず、結局は表紙を拝んで終わってしまう。
それはライトであろうと文学であろうと関わりない。
どちらにしても自分は昔から似た物ばかり読んでいる。
あるいは年を取って、活力を失って、心は意固地になって流行り物や新しい物に靡くことに対し、本能的に拒否感を覚えているのかもしれないと、そうか自分もとうとう老いたのかと、そう心配になる時もあった。
けれど、その心配もどこか的を外しているようでしっくり来なかった。どこか歯車がずれているような、シャツのボタンをどこか掛け違えているような、そんな違和感だった。
それが今しがた、かっちりと嵌まり込んで納得がいった。
自分はずっと、若かったあの頃に心弾ませたたくさんの物語たち、そんな彼らが完結という光の先へ去っていくその後ろ姿、面影を、生まれ来る新たな書影の中に探し求めていたのだ。
ただもう一度だけ会いたいと、あの頃の気持ちを取り戻したいと、恋焦がれていたのだ。
まるで深窓から眺める恋する乙女のように、胸躍る再会を待ち続けた。悲恋に見舞われた悲劇の乙女のように、永遠の別れを嘆き続けた。
自分が乙女だなんてとんだ笑い話だと、可笑しくて笑えてくる。
そんな大層なものじゃない。自分は確かにあの頃の気持ちを追い求めているだろう。でも、そうじゃない。それだけでは決してない。
この胸に滾るのは期待だ。この表紙を捲り、目次を超えて、その先に待つ冒険を、この目、この心で見聞きすること。そして、登場人物たちが物語の中で生き抜く様を見守り、時にはその一員となって駆け抜けることを待ち望んでいるのだ。
誰かの心を突き動かす偉大にして新たな冒険が生まれることを、この心は望んでいる。
「……なんてね」
自嘲してみても、心は随分と軽いものだった。
興味が指を動かす。期待が足を軽くする。支払いで財布が寂しくなる。ほんの少しだけ食費を削ろうか。まあそれでも構いやしない。
さあ行こう。この本は、私をどんな冒険に連れて行ってくれるんだろう。
去り行く面影を追って 月山けい @tsukiyama-kei
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