第13話
13
「……止めろよ」
「うん。ごめんなさい。エリスにも謝る」
走り切って気絶してしまったエリスはベッドで静かな寝息を立てている。
マジで表情に出ないから平気だと思ってしまった。
当たり前だけど、子供が平然と走れる距離じゃなかった。
僕? 僕はほら、特訓していますから。期間は短くても普通の四歳児とは違うんだよ。
「何かあれば呼べ」
溜息を飲み込んだような顔の院長は、エリスを起こさないようにそっと毛布を掛け直して小屋を出ていった。
片づけられた物置小屋。
それがエリスの部屋で、僕の居候先だった。
この五日間、僕らはここで寝起きしている。
急にやってきたエリスの子供部屋が足りないからという話だけど、嘘だろう。
今のエリスを他の子供たちと共同生活させても、お互いにとって良い事にならないからだと思う。
とはいえ、一人きりにするのも不安なので僕が居座っている。
僕だけは味方でいてあげないと、本当の本当に孤立しちゃうもんな。
そんな思いを酌んでくれたのか、それなりに僕を信頼してくれているのか、父さんも院長も止めなかった。
さて、反省をし過ぎても意味がない。
エリスが起きるまで魔力の特訓をしていよう。
相変わらず進展がないけどね。
瞑想、鍛錬、イメージ、色々と試しているけど魔力のとっかかりも掴めていない。
とりあえず、今日は精神集中っぽい事をしてみる。
目をうっすらと開けた状態。
呼吸は細く、長く、穏やかに。
全身から力を抜きつつも、姿勢は正しく。
目は景色を映しているが見てはいない。耳は音を拾うが聞いていない。鼻は匂いを届けるが息になるだけ。
思考も段々と遠く、遠く、かすれて、薄く……。
「ぐう」
「寝てる?」
「うひょっ!?」
耳元の声に飛び起きる。
慌てて振り返ればエリスが僕を見つめていた。
精神集中のつもりがお昼寝になっていた。
よだれ、垂れてないよね?
「ははは。ちょっと一休みしてたんだ」
「そう」
疑われているわけじゃないのに、言い訳してしまったのが恥ずかしい。
というか、寝ていたっていいじゃない。
四歳児だもの。運動の後だもの。
「エリス、大丈夫? 水、飲める? 止めなくて、ごめん」
「?」
倒れたことを覚えていないのかもしれない。
子供が気を失うなんて大事だと思うんだけど、気にした様子がない。
「倒れたの、覚えてる?」
「うん」
「覚えてるんだ。それだよ。そうなる前に、僕が止めないといけなかったんだ」
「?」
「いや、それが僕の役目というか。面倒を見ると決めた責任というか」
「?」
子供に説明してわかるわけないか。
うん。次がないように僕が気をつける事にして、それを謝罪にさせてもらおう。
「無理はしない。いいね?」
「うん」
返事はいいなあ。
わかっていないだろうけど。
「なに?」
「なにってなにが?」
子供相手の会話は想像力が試される。
ええっと……寝ていないなら何をしていたのか聞かれた、とか?
「魔力を使えるようになりたくて、特訓してるんだよ」
「魔力、使う?」
胸元に手を当てるエリス。
そういえばエリスは僕に魔力があるってわかるんだよな。
「魔力を使って、魔法を使いたいんだ」
院長の見よう見まねで刻印を空に書いて見せる。
もちろん、何も起きない。
魔力をどうにかして指先に集めないといけないんだろうけど、そもそも魔力という感覚がないから困る。
「魔力ってどういう感じなんだろう。温かいのか、冷たいのか。胸の辺りに集まるのか、おへその辺りか、頭とか? それとも水みたいに全身に巡っているのかとか……」
僕が自問自答しているとエリスがいきなりヘッドバンキングを始めていた。
え、なに? いきなりロックに目覚めちゃった?
そのわりには縦に横にと頭を振っていたのにすぐにやめてしまう。
きょとん顔(無表情)で見つめらても僕には君の魂を震わせるような音は出せないと思うよ、きっと。
「えっと、独り言が韻を踏んでたとか? 自然なラップになってたとか? 僕にそんな才能があったなんて……」
「?」
違うよな、やっぱり。
このまま見つめ合ってもわからない。
感じ取れ。エリスは何に反応した?
そんなのいつも僕の言葉だ。
今の台詞の何かに反応したなら、繰り返してみよう。
「魔力ってどういう感じなんだろう……」
無反応。
「温かいのか、冷たいのか」
縦、横。
「胸の辺りに集まるのか、おへその辺りか、頭とか?」
横、横、横。
「それとも水みたいに全身に巡っているのかとか……」
縦。
これまでの反応をまとめると。
「魔力は温かくて、体の中を回っている?」
縦。
……落ち着け。
クールになれ、僕。
クール、クール、クール、クルクル来る来る来た。
「きったーーーーーーーーーーーーっ!!」
落ち着いてられるか!
魔法を見せてもらってからずっと進展のなかった魔力の大ヒント!
叫ばずにいられるか、いや、ない!
「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」
目をまん丸にしているエリスの手を取って、このままダンスしたいところだけど病み上がりの子には無理をさせられない。
ダンスなんて踊れないけどね!
「ありがとう、エリス。おかげで魔力の事がわかった!」
「うん」
「最高だ! エリス、最高! いいよいいよいいよ! よっしっ! よしよしよし!」
喜び過ぎだって?
魔力が使えるようになったわけじゃないのに?
いいや。
ゼロと一じゃ大違いだ。
これは三百六十度の地平線しかない平原に一人ぼっちの中、方角がわかるようになったぐらい大きい。
つまり、エリスは太陽!
「ってなんで不満そうな顔なの?」
「………」
エリスさん、無表情なのに嫌そうなんですけど。
え、僕に手を握られて不快だとかならショックだ。
「あー、勝手に手を握って、ごめんね?」
そっと手を放す。
けど、すぐに向こうから握ってきた。
割と強引に、ひっ捕まえるぐらいの勢いで。
「いい」
「いいんだ」
じゃあ、なんで?
褒めたのがダメだったとか?
女心は幼女でも複雑だ。
誰か、攻略本とか作ってくれませんか?
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