第11話
11
「ひでえ顔だな?」
「父さん、笑いすぎ」
「ひっひっひっ。すねんな。親を心配させた罰って思っとけよ」
アドル父さんがぐりぐりとヘタクソに頭を撫でてくるのを避けようとするけど、まるで逃げられない。
くそう。
結局、騒動はアドル父さんが収めてくれた。
パニック継続中の院長を引っ張ったいて正気に戻して話を聞き、弁解しようとする僕の唇を摘まんで黙らせ、物置小屋の魔法を蹴破って無口ちゃんを救出。
乱暴なやり口だけど、解決まで一分と掛かっていない。
この辺り、有能なんだと思い知らされる。
「院長。だいじょうぶ?」
パニックからは回復したものの立っているのもやっとという憔悴ぶりで、今は自室に放り込まれてご飯も食べずに眠ってしまった。
「心配すんな。あいつ、昔から急な事態に弱いんだ。お前らは覚えてねえだろうけど、ガキが熱出すたびにうろたえちまってよ。アドル、どうしよう。死んじゃう、なんて騒いじまって。かわいいもんだぜ?」
それ、僕にしゃべっちゃダメな奴じゃん。
デリカシーって言葉知らないの?
「ま、一晩寝れば落ち着くさ。気にすんな」
パンを千切って、隣に差し出しつつ父さんを見上げる。
いつもの不敵なにやけ顔。
ムカつくけど、心強い。
大人って、感じだ。
全然、大人っぽくないのに。
不思議とこの人の言葉は聞く人を安心させる。
院長が不在で小さい子は泣き出し、年長の子はおろおろして収拾のつかなくなっていた孤児院も今は平常運転。
簡単なご飯も食べ終わって、全員が眠っている。
そんな中、僕たちだけがアドル父さんの部屋で食卓を囲んでいた。
温めただけのパンと、塩味の強いスープだけの夕食。
「ま、ややこしい事はさておき」
ぐりっと頭を押さえ込んできたアドル父さん。
その目が僕の横に向かう。
「その子の事だがよ」
釣られて視線を向ける。
僕の右隣には無口ちゃんが座っていた。
その距離はゼロ。
父さんに小屋から救出されて、しがみついて離れようとしない。
どうやら短時間の監禁が怖かったようだ。
眠いのか舟をこいでいるんだけど、僕が小さく千切ったパンを口元に近づけるとパクパク食べるのがちょっと楽しい。
「お前、結婚すんの?」
「ぶほっ!」
こいつ、僕の失言を蒸し返すか!
子供相手に大人げなさすぎる!
睨みつけるけど、父さんはカラカラと笑うばかりだ。
いつか殴りたい、その笑顔。
「ははっ! ま、結婚は行き過ぎとしてよ」
笑顔が引っ込んで、思いのほか真剣な目が向けられる。
最強の冒険者の凄みが滲んでいて、思わず息を飲んだ。
「その子、守る覚悟はあるのか?」
「ある」
即答した。
迷ったり、躊躇ったらいけない場面だ。
まっすぐに見つめ返して、無言のまま父さんと見つめ合う。
「ん」
「あ、ちょっと。今、大事なところだから。指まで食べないで?」
寝ぼけた無口ちゃんが僕の指をくわえてきて、見つめ合いは終了。
甘噛み、くすぐったい!
「ふは。ひひ。あー、なんだ。お前、変だよなあ」
「変って」
「怒んな。褒めてるんだぜ?」
どこが?
なじられて悦ぶ趣味はないんだけど。
自分が変人だから、変人仲間を褒めたいだけじゃないの?
「ま、いいかな」
「ま、いっかって。なにが?」
「その子だよ。ここに置いてほしいんだろ? いいぜ。その代わり、お前がちゃんと面倒見てやれよ」
あっさりと。
本当に何でもない事みたいに許可が下りた。
思わずポカンと父さんを見上げて、疑いの目を向けてしまう。
「そう言っておいて、夜中に連れてくんじゃ」
「んな姑息な真似しねえよ。連れてくなら力づくで連れていく」
疑ってみたけど、本気じゃない。
父さんは真正面から向かっていって、障害を跳ねのける。
そういう人だ。
「俺の見立てじゃ、今のその子は問題ねえ」
「今の?」
「こまけえことは気にすんな。あいつは俺が説得してやるから、お前はその子の事だけ考えてろ。大事な婚約者なんだからよ?」
「あー、また言う!」
「ひひひっ。言うに決まってんだろ、こんな面白い話、黙ってられっかよ」
こ、この男、他の子供にも言いふらす気だ!
講義するよりも先に唇を摘ままれて黙らされる。
「実際、そういう事にしとけよ。他の連中も、どこの誰か知れねえガキより、お前の未来の嫁って事なら受け入れやすいだろ」
そうか?
どうだろう?
不審度合いじゃどっこいどっこいだろ。
でも、名前も知れないこの子にとっては明確な立場があるというのは安心に繋がるかもしれない。
「ま、その懐きようだ。男の責任ってやつを取らねえとな」
四歳児に何を言うのか、この男。
唇を摘まむ手を払おうとしたらひらりと逃げられた。
「おー、睨む睨む。ひひひっ。はぁ……」
楽しそうに笑った父さんは立ち上がり、後ろに回り込んできた。
内緒話するように無口ちゃんの反対側の耳元で囁いてくる。
「お前、何か隠してるだろ」
「っ!!」
いきなりの指摘に声を出さないのが精一杯だった。
隠し事はある。
転生前の記憶を持っている事。
この世界とは別の時代の、無為な男の人生の記憶。
気付かれた?
無理もない。
四歳児らしからぬ事をしている自覚はあるし、今までのカイトとは違う生き方をし始めている。
でも、本気で生きると決めたからには足踏みなんてしたくない。
だとしても、転生したなんて言えるか?
知識を利用される、とは思わない。
家族だ。信頼している。
だけど、気味悪く思われるんじゃないか?
この騒がしくも、優しくて、血の繋がりはなくても温かい家族から拒絶されるのは、耐えられる自信がなかった。
「あー、そんな青い顔すんな」
乱暴に頭を撫でられる。
すぐ近くにある父さんの顔は穏やかだ。
罪を咎める色はまるでない。
「お前はカイトだ。それはわかってる。疑ってねえ」
「父さん」
「変わっちゃいるが、変なのは割と前からだったからな」
……本気で言っているよな、これ。慰めとかじゃなく。
変人のまんまだからって、そうなの?
僕、普通の四歳児のつもりだったんだけど。
少し――いや、かなりショックを受けている間に真剣な顔に戻って続けてくる。
「けどよ、その変な部分がよ。何かを呼び寄せそうで、俺は心配だ」
「何かって、何?」
「さあなぁ。その子かもしれねえし、他の何かかもしれねえし、そいつはわからねえけど、なんとなくな」
勘か。
勘だけでどこまで気付いているのか、底知れないんだよなあ。
「ま、気をつけろって話だよ」
何かよくわからないけど、気をつけろって言われてもね。
言った父さんもそう思っているのか、撫でるのをやめて話を変える。
「とりあえず」
「うん」
「その子の名前、聞き出すところからじゃね?」
完全に寝入って、僕の右肩に頭を預ける無口ちゃんを指差すのだった。
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