第9話
9
「こ、ここに入っちゃったのは、ごめんなさい」
謝りながら、無口ちゃんを背中に隠す。
とぼけるのも無理があるし、そもそも高身長の院長からは丸見えで意味がないだろうけど、なんとなく。
「………」
こわっ!
院長、無言で目を細めないで!
そんなだから子供に泣かれるんだよ!?
「……その子は?」
「生き別れの妹?」
「……そうか。お前の親父が浮気していたとはな。残念だ。奴の墓石を砕いてくる」
「ごめんなさい! ここで見つけました!」
顔も知らない実父だけど、さすがに浮気者の冤罪は押しつけられない。
院長、わりとマジだった。立てかけてあったハンマーに手を伸ばしていたし。
溜息をこぼして、さらに目を細める院長。
あ、圧が。圧が、半端ない。
「……嘘はいけない」
「はい。ごめんなさい」
「……それで?」
今のやり取りをした直後に嘘や誤魔化しはできなかった。
「ここにいたのを見つけて、汚れてたから洗ってあげたんだ」
「……なるほど」
置いたままのタオルや桶に目をやって、再び溜息。
「……あれもお前の仕業か」
洗濯物を落したのもバレたーっ!
まずい。
まずすぎる。
心証がどんどん悪くなっていく。
「ごめんなさい。後で洗う。ううん、今すぐ洗いに……」
「……それよりも、その子だ」
話も逸らせない。
当たり前だ。
正しく無口ちゃんは不法侵入者。
孤児院の管理者としては放っておけるわけがない。
「……うちには入れられないぞ」
そして、最短距離で先制攻撃。
子供相手に容赦ないなあ。
鉄面皮を厳めしくして、いかにも怒っているように見せてくる。
まったく。もう。そんな顔して目は悲しそうに潤んでいるんだからなあ。僕じゃなかったら見逃しちゃうぜ!
これが子犬とか子猫なら話は別かもしれないけど、相手は人間だ。
僕が世話をするから、面倒を見るからとか、子供のわがままでどうこうできるはずがない。
仮に僕が泣きじゃくって縋り付いてもダメだろう。
院長は嫌われる覚悟で悪役を買って出る。
これは、無理か?
正直、もう詰んでいるよなあ。
ここから逆転の目はちょっと浮かんでこない。
「って、諦めたら今までと同じなんだよなあ」
面倒をみようと決めた。
迷っているし、どうしてそんなに構おうとしているかもはっきりしない。
でも、決めたならやりきろう。
僕は後悔しない生き方をしたいんだから。
なにより、まだ涙で目を潤ませた無口ちゃんが意識しているのかいないのか、すがるように僕の服にしがみついているんだ。
あとは他人に任せて放り投げるなんて僕が嫌だ。
考えろ、考えろ、考えろ。
普通じゃダメだ。
交渉とか、そんな段階で考えるだけ無駄。
土台をひっくり返す方法。
一気に逆転なんて狙うな。
時間稼ぎで上々。
絞り出せ。
「じゃあ、僕も一緒に出てく!」
「……なんだと?」
「この子がどこか行くなら、僕も一緒に行く!」
「………」
無言になる院長。
困らせて、ごめん。
でも、僕がこんなことを言い出せば院長一人の手じゃ足りない。
無口ちゃんを連れて行く間、僕を捕まえておく人手が必要になる。
「……出ていって、どうする?」
「どうにかするよ」
「……どうにかなるものじゃない」
「知らない! でも、一緒に行く!」
「………」
必殺、子供の理不尽なわがまま。
相手はメチャクチャ困る!
できた大人ほど効果は絶大だ!
院長は、それはそれは深く溜息を吐いた。
これでもとかと眉間にしわが深く刻まれて、大変申し訳ない。
「……どうしてだ?」
「え?」
「……付き合いが長いわけじゃないだろう」
「まあ、うん」
出会って一日どころかまだ一時間も経ってないぐらいです。
「……最近のお前は少し変だが、子供とは思えないほど話がわかるようになった。少し変だったが」
前世を思い出したせいだね。
って、変だって思われていたの? しかも、二回も言うぐらい?
魔法を教えてって聞いたせい?
「……本当はどうするのが正しいのかわかっているんじゃないのか?」
「うん」
正解は施設に預ける事。
僕が隠れて世話をしたり、関係ないこの孤児院で面倒を見るのは間違いだ。
僕はそうとわかっていて、無理を通そうとしている。
「……それなのに、どうしてそこまでカイトがかばう? その子になにがある?」
当然の疑問だ。
けど、その答えは僕の中に明確になっていない。
分析して、それらしい答えは出せる。
同情。恩義。好奇心。
ただ、どの言葉もしっくりこない。
他でもない僕自身が納得できない。
院長にそんな言葉で伝えても説得できるとは思えなかった。
だから、せめて、想いの強さを言葉にしたい。
「僕は――」
そう。
この強い気持ち。
決意に似た感情を言葉にするとしたら。
飾らずに、心のままに、そのままに吐き出してしまおう。
「僕は、この子とずっと一緒にいたいんだ」
「……ずっと?」
「うん。そう。ずっと」
「……まるで愛の告白だ」
「そうだ! この子は僕のだ! 結婚したっていい!」
言った。
うん。言った。
言ってやったけど、え? 今、僕はなんて言っちゃった?
僕の? 結婚? なんで!?
「……あれ?」
そうして、僕たちは倉庫で三人そろって棒立ちになるのだった。
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