第7話
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「でっ――!」
出たという叫びが漏れかけたところで口を押さえる。
まずい。
お化けを刺激しちゃう!
口を手で塞いだまま様子を窺う。
「………」
お化けはジッと僕を見つめ続けたままだ。
声に反応して襲われる事態は避けられたらしい。
あぶない。
運が良かった。
「………」
「………」
それにしても、反応ないなあ。
もう見つめ合って数分は経ったような気がする。
目を逸らすのも怖くて、動けない。
じっくりと観察されている。
何を見ているんだ?
転生者ではあるけど、僕の見た目はこの国ではどこにでもいる孤児。
珍しい事なんてない、はず。
……いや、隠れ家に入ってからの行動は変だったかも?
確かに僕の独り言にも反応していた。
なら、このまま黙っていたらどこかに行ってくれるだろうか?
それとも、興味がなくなったら襲われるなんて、ないよね?
心臓の音がうるさい。
外から聞こえてくる子供たちの声が遠い。
春なのにここだけ冬みたいに寒く感じる。
「……くしゅん」
「……ん?」
くしゃみ?
僕じゃない。
このお化けがくしゃみ……って、んなわけない。
「子供?」
「………」
返事はない。
でも、もう怖くない。
なんだぁ。この子、お化けじゃなくて迷い込んできた孤児か。
天塔の攻略を国是とするこの国には冒険者が多い。
そして、帰ってこない冒険者も多く、その子供が孤児となることも珍しくない。
孤児院の子供がそうなんだから。
アルド父さんと院長が育ててくれているけど、親は未帰還になった冒険者だった。
だから、冒険者ギルドは孤児院を運営していて、国もたくさんの補助を出してくれていて、孤児の受け皿は多い。
孤児が路頭に迷ってそのまま……なんて悲惨な事は滅多に起きないんだけどなあ。
「親のいたギルドがあまり良くないところだったのか。それとも全滅したのか」
命を預け合う仲間の忘れ形見ともなると、ギルドメンバーがフォローするのが通例。
それが何かしらの理由でうまく機能しなかったのだろう。
けど、それを聞いたところで仕方ない。
「ねえ。君、ひとり?」
できるだけ優しい声で話しかける。
返事はなし。
まあ、予想はしていた。
無口なのは僕を警戒しているのか、元々そうなのか。
「名前、言える?」
「………」
「どこから来たの?」
「………」
「あー、親はいる?」
「………」
反応ないなあっ!
最後の質問は踏み込んだつもりだけど、眉がぴくりともしなかった。
声を聞いていなかったらしゃべれないんじゃないのって疑っているぞ。
反応があったのってなんだっけ?
「魔力?」
「ある」
即答かい!
無口設定じゃないの?
「僕に魔力はある?」
「ある」
「でも、魔力とかわかんないんだけど」
「ある」
「どうやったら使えるんだろう?」
「?」
まさか「ある」しか言えないんじゃないよね?
でも、今度はちっちゃく首を傾げているから無反応じゃない。
「あー、この刻印ってわかる?」
「………」
「これを魔力で書くんだけど」
「?」
魔法は、わからないか。
魔力の感覚だけわかって、反応しているのか。
ちょっと変な子だな。
ブーメラン? 知らないな、そんな言葉。
それはそれとして。
「教えてくれて、ありがとう」
危うく生まれ変わりから十日で頓挫するところだった。
この子にとっては大したことじゃないかもしれないけど、僕にとってはさりげに一大事だったからお礼ぐらいしっかりしないと。
「うん」
あ、うんって言った。
なんか達成感。
「くしゅん」
またくしゃみ。
改めて見ると、ワンピースは本当にボロボロで、春先とはいえいかにも寒々しい。
ここでこの子の事を見なかった振りをしたらどうなるだろう。
あまり明るい想像はできない。
「院長を呼んで……」
間違いなくそれが正解。
正解だし、最善だけど、そうしようとは思えなかった。
この孤児院はアドル父さんのギルド『暁光』が運営している。
世話をしているのはギルドに関わる仲間だった者たちの子供だ。
見ず知らずの子供まで面倒を見る義理はない。
院長は見た目に反して優しいし、甘いし、子供好き。
アルド父さんは考えなしのお人好な楽天家。
でも、二人とも大人だ。
できる事、できない事。するべき事、そうじゃない事。そんな選択ができる。
さすがに外に放り出して知らんぷりなんてしないだろうけど、国のしかるべき場所に預けておしまいになる。
それでいい。
それが正解。
なのに、そうしようとしない僕がいる。
同情? 哀れみ? それとも魔力の事を教えてくれたから?
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただ、なんとなくこのまま正解を選ぶのは良くない気がした。
「君さ、どうしてここにいるの?」
「………」
「子供だけだと危ないから、大人に助けてもらった方がいいよ?」
「………」
「誰か、呼んでくるよ?」
ぶんぶんぶん。
首を横に振った。
ほとんど反応がない中で、明確な意思表示。
実際、こんな小さな子が僕の言っている事を正しく理解できているかも怪しい。
怪しいけど、僕を見上げる目はまるで感情がないように見えて、その実はすがるようにも見えてしまった。
そう見えてしまったなら、もうどうしようもないじゃないか。
「ああ、もう! ちょっと待ってて!」
やっぱり返事はなかったけど、最初から期待していなかったから気にならない。
棒立ちで僕を見つめ続ける子――仮称「無口ちゃん」を指差し、指示を出してから小屋を飛び出した。
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